さてさて津山拓郎ふぁみり~の第2幕がスタートしました 12月15日地味庵で「ファイト」「危険な関係」など20曲 お楽しみに

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人の心に灯をともす

人の心に灯をともす

最後の瞬間までベストを尽くす】№1199

平成26年11月17日

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…

引退しようとしているある高齢の大工の話を紹介しよう。

この話が私は好きだ。

とても大切なことを語っているからだ。

 

その大工は、もうそろそろ家を建てる仕事をやめて、妻と一緒にのんびり暮らそうと思った。

雇い主は、個人的な願いとして「もう一軒だけ建ててくれないか」と頼んだ。

大工は承知したが、真剣に仕事をする気はなかった。

粗悪な材料を使い、手を抜いた。

キャリアを積んだ優秀な職人の幕引きにしては、残念な仕事だった。


家は完成した。

点検にやって来た雇い主は、玄関のカギを大工に渡していった。


「この家はあなたの家です。

私からのプレゼントです」


大工は、大ショックを受けた。

ひどく恥ずかしかった。

自分の家を建てているとわかっていたら…たぶんもっと頑張っただろう。

 

私たちもこの大工と同じだ。

毎日毎日、人生という家を建てている。

だが、建てていることに全力を尽くしていないことが多い。


そしてずっと後になって、自分がつくりあげた人生(建てた家)に一生住みつづけなくてはならないことを知ってショックを受ける。

もう一度、やり直すことができたら、まったくちがうことをするだろう。

だが、その時はもう、後戻りはできないのだ。


あなたに後悔してほしくない。

あなたも私も、大工のことを笑えない。

私たちは人生という一生住みつづける家をつくっているが、果たして最善を尽くしているか…


「ベストを尽くせ」という言葉は耳にタコができるほど聞かされた言葉かもしれない。

それから「あと、ひと頑張りだ」という言葉も。


でも、もう一度いおう。

いま、取り組んでいることに全力を尽くすと、思いがけないところから幸運がもたらされることが多い。

もうダメだとか、おしまいだとか思っても、もうひと頑張りすることが何より大切である。

それをどうか忘れないでほしい。


あと、ひと頑張りだ!

もう一歩だ!


 

 

【言葉はすべて自分に返ってくる】№1129

平成26年8月19日

医学博士、佐藤富雄氏の心に響く言葉より…


ほめ言葉というものは、口にするだけで気分が高揚してきます。

 

その反対に、悪口は言えば言うほど気分が滅入ってくるものです。

悪口をさんざん言ったあとで、あたかも悪口を言われた人のような気持になり、重苦しい嫌悪感を抱いてしまうことがよくあるでしょう。

それもこれも、自律神経が言葉の内容をそっくりそのまま、話者にフィードバックするからです。


つまり、言葉はすべて自分に返ってくるのです。

誰かを「きれいだ」とほめると、言った本人がきれいになっていけるという不思議な現象が起こりえるのです。

直接その当人に向ってほめるのはもちろん、当人のいないところで別の人に話すことでも効果があります。


「今日のそのブラウス、すごくいい色だね」

「○○ちゃんはいつ見てもきれいだなあ」

「あの人は本当にセンスがいい」


こういうほめ言葉が脳に栄養を与え、思考パターンが柔軟になっていきます。

そして、顔の表情も柔らかくなります。

これは、意識の変化が引き金となって引き起こされる生化学反応のひとつです。


自律神経は、言葉における自他の人称を解しません。

自分のことを語っていても、誰かほかの人について話していても、すべては言葉を発した当人のこととして受けとめます。

そして、自分の発した言葉を意識のなかに取り入れ、自分の姿や人生に反映させるようなシステムを持っています。

『脳から若返る「ときめき」の魔力』KKベストセラーズ

 

誰かを、感情にまかせて怒ってしまったときは、後で苦い気持ちがわき起こってくることが多い。

それは、人を怒っているつもりが、自分を怒っているのと同じ状況になるからだ。


自分の口に一番近い耳は、他人の耳ではなく自分の耳。

だから、自分の吐いた言葉は、自分が一番よく聞いている。


人に…

「きれいだね」と言えば、自分がどんどん「きれい」になる。

「やさしいね」と言えば、自分がどんどん「やさしく」なる。

「勇気があるね」といえば、自分にどんどん「勇気」がわいてくる。


人をほめることは、自分をほめているのと同じ。

「言葉はすべて自分に返ってくる」

人を、ほめて、ほめて、ほめまくりたい。

【人間の体を壊す4つの条件】№1168
平成26年6月26日
小林正観さんの心に響く言葉より…

人間の体を壊す4つの条件があります。
●酒
●たばこ
●暴飲暴食

これら3つは、それぞれ5%程度の影響で、この3項目の集積でも20%ほどしか関わっていませんが、実は次の4つ目の条件が、体を壊す要因の80%を占めているようです。

不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句
というものです。

例えばいくら「健康食品」を食べていても、家庭内でケンカが絶えないことや、「あれは体に毒だ」「これも体に悪い」と否定的なことを言っていることのほうが、体を壊す影響が強い。
その健康食品はプラスには働いてくれないでしょう。

つまり、自分の体に入ってくるものに対して、批判的な言葉を加えれば加えるほど、体の中で毒になるということです。

自分の想念というものは、実はとんでもなく強力に、自らの体をコントロールしており、私たちが何気なく言った一言によって、体はものすごく律儀に素直に反応しているということです。

「不平不満」、「愚痴」、「泣き言」、「悪口」、「文句」という言葉は人に向って吐くものだが、実はそれが自分の体を一番、蝕(むしば)んでしまう、という不思議なことが起こる。

まるで鬼の形相で、他人に文句をいい、批判ばかりしている人は、つまり長生きできないということ。
この反対の生き方が、「ツイてる」、「うれしい・楽しい」、「感謝」、「幸せ」、「ありがとう」、「許します」という言葉を多用する人生。

どんなときも、感謝の気持で生きる人生をおくりたい。

 

【愛嬌のない人間はあきまへん】№1166

平成26年3月11日

後藤清一氏の心に響く言葉より…


昭和22年、松下の№2であった井植歳男さんに請われて、三洋の創業に参加したのは、私が満41歳のときだった。

現在の兵庫県加西市にある北条工場でスタートを切ったのだが、案の定、給料は遅配となった。


頭のいい、大変優秀な27,8歳の男がいたが、彼は給料の遅配にカンカンになって怒った。


「オレは、これまで給料を遅配されたことはない。

給料を遅配するようなところで働けるか!」


有能な男に辞められるのは、誠に惜しい。

しかし、決意は固く、とてもひるがえしてくれそうもない。

仕方がない、まぁ送別会でもやって送り出してやろうと、私は菓子を買ってきて、幹部も呼んだ。


ところが、肝心の当人が送別会に出てこない。

「そんなもん出るかい!

けったクソが悪い」


捨てゼリフを吐いて、そのまま辞めていった。

愛嬌もなにもないのである。


それから3,4年してから、その男が工場へ私を訪ねてきた。

見るからに落ちぶれた格好をしている。

送別会も足蹴(あしげ)にして三洋を辞めたものの、うまくいかなかったらしい。

ついては、もう一度三洋で使ってもらえなやろか… という気持のようだった。


“なんぼ能力があっても、愛嬌のない人間はあきまへん”

生前、松下幸之助さんは、よくそうおっしゃっていたものだ。

“そやから、愛嬌のある人間を見つけることが大事でんな”と。


誠に然り。

“愛嬌”は、男女を問わず、人間の大事な魅力なのだ。

『人生は気合でっせ!』明日香出版社



どんなに才能や能力があろうが、愛嬌のない人間は好かれない。

愛嬌とは、下手(したて)に出たり、人に媚(こ)びたりすることではない。


ほんとうに愛嬌がある人は、他人をなごませることができる。

誰もが怒ってしまうような場面でも、ヒョイと愛嬌で笑いを誘う。

自分のドジや失敗も笑いに変えられる。


愛嬌のある人は、憎まれることなく、多くの人に愛される。


 

遇も不遇も試練】№1163

平成26年2月6日
稲盛和夫氏の心に響く言葉より…


人生を終えるときに、立派な人格者になった人もいれば、そうでない人もいます。

その違いは、人生を歩む中で、自らを磨き人格を高めることができたかどうか、ということにあると私は考えています。


このことは、次のように例えることができます…人間はこの世に生を受けたときは原石のようなものであり、後天的に磨き上げることではじめて、光り輝く宝石のような、素晴らしい人格者になることができる…。

では、どのようにして、自分を磨いていくのでしょうか。


私は「試練」を経験することが、人間を大きく成長させてくれるチャンスになると考えています。

実際、偉大なことを成し遂げた人で、試練に遭ったことがないという人はいません。


明治維新の功労者である西郷隆盛もそうです。

こどものころは「ウド」というあだ名の、目立たない子どもだったといいます。

ところが、後には勝海舟をはじめとする幕末の偉人たちを感嘆させたほどの人格者となり、明治維新の偉業を成し遂げています。


この西郷は、人生において様々な試練に遭遇しています。

例えば若いときには、親友であった僧月照(げっしょう)とともに、鹿児島の錦江湾(きんこうわん)に身を投げ、自分だけ蘇生(そせい)するという経験をしています。

親友を逝かせてしまった西郷の心痛はいかばかりであったでしょう。


また、遠島という不遇を二度も経験しています。

特に二度目は、島津久光の逆鱗に触れ、鹿児島から遠く離れた沖永良部島に流され、風雨が直接吹き込む狭い牢獄に閉じ込められるという悲惨な目に遭っています。


しかし、そのような逆境の中でも、西郷は東洋古典の耽読(たんどく)などを通じて、自分を高める努力を怠ることはありませんでした。

苦難に耐え、むしろ苦労を糧(かて)として、人格を磨く努力をひたむきに続けたのです。


その後、許されて島を出た西郷は、高潔な人格と識見を備えた人物として、人々の信望を集め、やがて明治維新の立役者となります。

苦難に直面したときに、打ち負かされて夢をあきらめてしまったり、いい加減なところで妥協してしまったりするのか、それとも西郷のように、苦労を苦労と思わず、ひたむきに努力を重ねることができるのか、ここに人間的に成長できるかどうか、その分岐点があるのです。


私は、その「試練」とは、一般的にいわれる苦難のことだけを指すのではないと考えています。

人間にとって、成功さえも試練なのです。


例えば、仕事で大成功を収め、地位や名声、財産を獲得したとします。

人はそれを見て、「なんと素晴らしい人生だろう」とうらやむことでしょう。

ところが実は、それさえも天が与えた厳しい「試練」なのです。


成功した結果、地位に驕(おご)り、名声に酔い、財に溺(おぼ)れ、努力を怠るようになっていくのか、それとも成功を糧に、さらに気高い目標を掲げ、謙虚に努力を重ねていくのかによって、その後の人生は、天と地ほどに変わってしまうのです。

つまり、天は成功という「試練」を人に与えることによって、その人を試しているのです。

『「成功」と「失敗」の法則』致知出版

 

巨額の宝くじが当たったがために不幸になった、ということはよく聞く話だ。

普段持ちなれない大金を持ったために、財に溺れてしまうからだ。


現役のときは超一流のスポーツ選手として活躍したのに、その同じ人が指導者や監督の立場になったとたん、問題を起こしたり、無能になったりすることは少なくない。

いくら身体能力が高く、そのスポーツで技能は優れていたとしても、人格や魂のレベルは別だからだ。


病気になったときや、事業がうまくいかなくなったときも同じで、その困難にたいしてどう立ち向かうかで、その人のその後の人生が決まってくる。

人やまわりのせいにしたり、愚痴や不平不満を言ったり、嘆き悲しんでいるだけでは、状況は悪化するばかりだ。


遇も不遇も試練…

いいときも悪いときも、我とわが身が試されている、と思い定めたい。

 

 

 

【失敗は成功に至る第一歩】№1158

平成26年1月17日
川北義則氏の心に響く言葉より…


一代で西武王国を築き挙げた堤康二郎の、その前半生は失敗の連続だった。

彼が20代で手がけた事業は、鉄工所経営、石油採掘、雑誌発行、船会社の買収、真珠の養殖と、おどろくほど多彩だが、そのすべてに失敗しているのだ。

「そのときはもう自分は世の中に生きている値打ちのない人間だとまで思った」

堤康二郎は当時をふりかえってこう述べている。


本田宗一郎氏も「現在の私が成功というなら、その土台を築いたのは失敗である。私のしてきた仕事は失敗の連続であった」といっている。

世の中の成功者で失敗に言及しなかった人はまずいない。

山ほどの失敗をしたからこそ、大きな成功にたどりついたのだ。


失敗の本質は何か。

それは成功に至る第一歩である。

失敗を一つ一つ積み重ねていくことが成功へ近づく唯一の方法であり、失敗は「しないほうがいい」どころか、むしろ「したほうがいい」のである。


成功に遠い人とは、失敗を恐れる人でもある。

「失敗をしまい」と考えたときから人は消極的になり、失敗を恐怖し、そして失敗を手に入れてしまう。

あるいは「失敗したくない」ために何もしない。


失敗はプロセスでおこることであり、最終結論ではないということだ。

イギリスの劇作家サウザーンは「失敗は落胆の原因ではなく、新鮮な刺激である」といったが、こうした気概をもって事に臨むことが何より大切なことといえる。

ともあれ失敗しない者はついに何事もなしえない。

『逆転の人生法則』PHP

 

堤康二郎は、後年、成功の秘訣をこう語っている。

「人のやらぬこと、やれぬことのみをやった。それで成功したのである」

人のやらないこと、やれないと思っていることをやれば、失敗する確率は非常に高くなる。


「決して倒れないのが良いのではない。

倒れたらすぐ起き上がるのが貴いのである。」(オリバー・ゴールドスミス)


失敗を恐れない人は、逆境や修羅場に強い。

失敗しても失敗しても、起き上がる不屈の人でありたい。

 

 

【人の幸せを考える】№1152

平成25年12月17日

マーシー・シャイモフ氏の心に響く言葉より…


「スカーレットの物語」

私は皮膚の難病に12年間悩まされていました。

身体は弱り、満足に歩けもせず、いつも家族に頼るばかりの日々で、人生には絶望していたと思います。

そんなとき、たまたま地元に住む仏教僧と会う機会があったのです。

彼に自分の悲惨な状況を話した私は、同情のまなざしと思いやりの言葉を期待したのですが、僧侶は穏やかにこう言っただけでした。


「自分を憐れむのはおやめなさい。

人の幸せを考えるようにするのです」


「無理です!

こんな状態なのですよ。

自分のことで精一杯です」


私は「彼は何もわかっていない!」と、がっかりしました。

こんなボロボロの身体で人の幸せを願うなんて無理だと思いましたが、なぜかその言葉が心に引っかかり、その日から少しずつ気をつけるようになりました。

まずは家族や友人たちの幸せと健康を、さらに知らない人たちのために、車の中から道行く人たちの幸せを、ついでに自分の嫌いな人たちのことも思いやってみました。


ある日、電動車椅子に乗ってスーパーのレジに並んでいると、明らかに虫の居所の悪そうな女性が私の後ろに並びました。

急いでいるらしく、いら立った目を周囲に向けています。

カートの中身はあふれんばかりで、少しでも早くレジを通り抜けたそうにしています。


いつもなら、イヤな思いをしないように、こういう人とはできるだけ関わらないようにしていましたし、実際真っ先に頭に浮かんだのは、「何て品のない人からしら。目を合わせないようにしよう」という考えでした。

しかし、そのとき例の僧の言葉…「人の幸せを考えるようにするのです」を思い出した私はこう思い直したのです。


「そう、きっとこの人は今日とてもイヤなことがあったのよ。

私だってそういう日もあるじゃない。

この人を幸せにしてあげるにはどうすればいい?」


私は振り向いて「お急ぎのようですね」と言いました。

女性は驚いたような顔で、ぶっきらぼうに「ええ急いでいるんです。遅れそうだから」と答えました。


「私の前へどうぞ」


女性は私のかごの中身が少ないのを見て、サッと首を振りました。


「いえ、大丈夫です」


「どうぞ遠慮なさらないで。

私は急いでいませんから。

さあ、どうぞ」


変化は劇的でした。

イライラをまき散らし、レジ係をどなりつけそうな勢いだったその女性は、人に親切にされ、気を遣われて、別人のようになったのです。


私の前へとカートを進めながら何度も「ありがとう」と言い、レジがすむと店員にも礼を言って、買った物を袋に詰め終わると、笑顔で店を出ていきました。

私はすがすがしい気持になりました。

周りを見ると、誰もが私に笑顔を向けて、言葉を交わし合っているのです…「素敵ね」「気持のいい場面だったわね」「今日もいい日になりそうね」。


それからはもっと人を幸せにしたくて、できることはないかと探すようになりました。

人のためになろうとすれば、機会はいたるところに転がっているものです。

身体を使い、心を使い、お金を使って、まだまだ私は人のために何かをしてあげられる、それはこの上もなくうれしいことでした。


自分のために「人が何をしてくれるか」ではなく、人の幸せのために「自分が何をしてあげられるか」を、いつも考えるようになりました。

うれしいことに、それから一年もしないうちに、皮膚の調子がよくなり、生きるパワーもみなぎってきました。

杖なしで歩けるようになり、ジムにも通い始めました。


医者は、病気がひとりで快方に向ったようだと言って、信じられないようです。

僧侶の教えのおかげで人生の坂を転がり落ちずにすんだ私は、愛情という永遠の力を手に入れることができました。

『脳にいいことだけをやりなさい!』茂木健一郎訳(三笠書房)

 


人は、他人の幸せを考えたり、人を喜ばそうと考えているときは、自分の病気のことや痛みをすっかり忘れている。


幸せも、喜びも、愛も、感謝も…

もらうことではなく、与えることが奇跡を産む。


なぜなら、人に発した言葉は、実は自分が一番よく聞いているからだ。

人を悲しませ傷つけるような言葉を発すれば、それが長い間にはボディブローのようにきいてきて、結局は自分も大きな傷を負うことになる。


どんな小さなことでもいいから、自分のできる範囲で、「人の幸せを考える」ことができる人でありたい。

 

【なるほど】№1149

平成25年10月11日

 松下幸之助は、積極的に人にものを尋ね、好んで人の話を聞く人であった。

一緒にテレビを観ていても、「キミは、いまのニュースをどう思うか」「いまの問題について、どう思うか」などいつも質問をされた。

私も聞かれれば、素直に、思うままに返事をする、答える。

「そうか、キミはそう思うか」などと言いつつ、つけ加えて「なるほど」と言うのが常であった。


私だけでなく、誰彼となく質問、というより話しかけ尋ねた。

極端な例で言えば、会社でエレベーターのなかで、たまたま同乗した女子社員にも「あんた、どこの職場や」「機嫌よう仕事してくれているか」などと声をかけたりしていた。

こうだああだ、というよりも、まず人に聞く、人に尋ねる。

それが松下幸之助であった。


歳をとると若い人にお説教する老人が多いらしいが、それがなかった。

いつも熱心に、身を乗り出して聞いてくれるから、こちらも話し甲斐がある。

そうなると、松下から聞かれなくとも、尋ねられなくとも、なにかあれば松下幸之助さんに話そうという気分になる。


興味深いことは、どんな答えをしても否定されることはなかった。

松下への批判も、「なるほど」と聞くほどであった。

だから、誰もが競うように松下に話を持ってきた。


「松下さん、こういう話がありますよ」

「アメリカに行ってきましたが、こういうことがありました」

「某政治家と話をしましたが、こう言ってましたよ」

など、松下が求めなくとも多くの人が、松下幸之助のところに情報を持ってきた。


松下は、ほとんど学校教育を受けていない。

小学校4年中退、しかも話によると、2年生のとき、体調がすぐれず、ほとんど学校に行っていないと言っていたから、実質2年半しか学校で勉強していないことになる。

だから、ほとんど知識らしい知識は得ていない。


にも拘(かかわ)らず、10万人を超える社員の中で、もっとも多くの情報を得て、もっとも的確な判断ができたのは、こうした「人の話を聞く」「人にものを尋ねる」「話すより聞く」というその姿勢にあるのではないかと思う。

それだけでなく、「身を乗り出して聞く」「人の話を素直に聞く」、そういうことによって、知識のない松下が、誰にも劣らない知識の豊富さ、そして知的に充実度を高めていったと言えよう。

『生涯現役の知的生活術』育鵬社

 

だが、多くの人はその簡単なことができない。

自分の知識やプライドがじゃまして、聞くことができず、しゃべってしまう。


会っていて心地いい人は、自分に共感してくれ、同意してくれる人。

だから、自分と異なる意見、反対の人の意見を聞き続けるのは、相当の覚悟と忍耐が必要となる。


だが、自分の考えていたのと同じ答えを聞くなら、何も他人に聞く必要はない。

誰にたいしても、どんな意見も、「なるほど」と、身を乗り出して素直に聞き続ける人でありたい。

 

 

【人生の明るい面】№1147

平成25年9月10日

ウエイン・W・ダイアー氏の心に響く言葉より…

 知恵の王子からのメッセージ。

「あなたの考えるように、そのようにあなたはなるであろう」

 

いいことを考え、よいことが起こると期待している心には、よいことを引きつける一種の磁場が働く。

よいことを期待している気分でいると潜在意識は、終局的によいことに連なるチャンスだけをつかえるようにあなたを導いてくれる。

豊臣秀吉やロックフェラーのような大成功者から、われわれの周囲によくある中成功者、小成功者にいたるまで、そういう人の周囲には、必ず人生の明るい面により敏感だという要素がある。

『“勝ちぐせ”をつけるクスリ』(渡部昇一訳)三笠書房

 


愛の反対は憎しみではなく、嫉妬だ。

金持ちや成功者を嫉妬するということは、金持ちや成功者を否定するということ。

つまり、潜在意識の中では、お金や成功からはどんどん遠ざかることになる。

否定したり、反発すれば、否定や反発したことを引き寄せる。


同様に、心配性や取り越し苦労も、マイナスを引き寄せる。

「心配するな」、ではなく、「今ある幸せに感謝」

 

「顔を太陽に向けましょう。

そうすれば、影を見ることはできません」ヘレンケラー

 

【なぜ、感謝するとうまくいくのか】№1139

 平成25年8月29日

五日市剛氏の心に響く言葉より…


会社で上司にキツく叱られた、とします。

「ちくしょう、なんでオレばっかりが。

腹たつなぁ」。


そんなとき、すぐに自分に「ありがとう」といってみます。

ちょっと深呼吸して間をおいて、もう一度「あ・り・が・と・う」。

すると、不思議とそれ以上、腹が立ちません。


次に、つぶやいた言葉に見合った行動をとります。

実はこれがいちばん大事なポイントなんです。


行動なき言葉は弱く、やがて消え去ってしまうからです。

僕なら、自分を叱責した上司のもとへトコトコ歩いていき、もう一度謝罪します。

そして、二度と同じミスを犯さないための具体的な対策と決意を伝え、さらに注意してくださったことに「ありがとうございます」と頭を下げて感謝します。

上司は目を丸くするでしょうが、心の中ではとても感謝するでしょうね。


これで上司に対してのわだかまりはなくなると思います。

そんな行動をとった自分も「よっしゃ!」とガッツポーズ。

そして、腹が立ったときにすぐにつぶやいた「ありがとう」がそのきっかけであることを思い返し、「ほんとうにありがとうだよなぁ」としみじみ感じるわけです。


このように、嫌なことがあっても前向きな行動が伴う感謝の言葉は、結果的に感謝の想いを深め、状況を生きやすい方向へと導いてくれます。

愚痴(ぐち)をこぼしたり、陰口をたたくなんてことはなくなるでしょうからね。


ある日、こういう質問がありました。

「先日、私は犯罪の被害にあいました。

こんなとき、犯人に対して、あるいはその事柄に対して“ありがとう”というのでしょうか?

大切な家族や友人が被害にあっても、やはり“ありがとう”ですか?」


僕は次のようにお返事させていただきました。

「犯人に対していうのではありません。

“ありがとう”は自分に対していうのです。

落ち込んだ自分を励ます“ありがとう”であり、不幸の連鎖を断ち切る言葉なんです。


この言葉を自分に対し心を込めて発すると、それ以上嫌な気分になりませんし、続けてマイナスの言葉が出てきにくくなります。

そして、物事の流れをよりよい方向に切り替えてくれ、後の自分の成長のきっかけとなると思っています。

どうか、魔法の言葉の真意をご理解ください」

『なぜ、感謝するとうまくいくのか』マキノ出版

 


心は、ある言葉を発すれば、それに見合った状況を探すようになる。

それは、インターネットの検索と同じで、「ありがとう」と言えば、有り難いこと、感謝することを探す。

たとえ、怪我をしたとしても、「この程度で済んでよかった、ありがたい」、というように。


しかし、愚痴や不満を言えば、それに見合った、辛い嫌なことばかりを探し出す。

付き合っている人が、汚い言葉や、愚痴や泣き言、悪口ばかり言う人なら、自分も汚い言葉や、不平不満ばかりを言うようになるのと同じだ。

言った言葉が、現実を引き寄せる。


「行動なき言葉は弱い」

嫌なことがあっても「ありがとう」と発し、それに見合った行動をとりたい。

 

【人生は何度でも勝負できる!】№1131

平成25年7月23日


中野明氏の心に響く言葉より…


農場の手伝いからペンキ塗り。

ペンキ塗りから再び農場の手伝い、さらに路面電車の車掌。

路面電車の車掌から軍隊入隊、除隊後に鍛冶屋見習いに。

鍛冶屋見習いから機関車の灰さらい、さらには機関士へ。

機関士からなぜか弁護士実習生に転身。

弁護士実習生から保線作業員、さらにプレデンシャル保険のセールスマン。

保険セールスマンからフェリー運行会社を設立。さらに商工会議所の秘書。

秘書を辞め、フェリー会社からも手を引きアセチレン・ライト製造販売会社を設立。

アセチレン・ライト製造販売会社が倒産し破産。

ミシュラン・タイヤのセールスマンに。

大けがのあとスタンダード石油のサービス・ステーション(ガソリンスタンド)を経営。

世界恐慌の影響でサービス・ステーションが破綻。

シェル石油のサービスステーションを経営。

サービス・ステーションにレストランを設置。この頃助産士の仕事もする。

サービス・ステーションにモーテルを併設し事業は大成功。

と思いきや、レストランとモーテルが全焼。それでも必死の覚悟で再建する。

第二次世界戦中はテネシー州にある軍のカフェテリアで運営責任者に。

巨額な税金の支払いで実質破産する。

モーテル事業が再び軌道に乗ると州議会議員に出馬。しかし落選。

事業不振でレストランとモーテルを売却。65歳で無一文になる。

 

ご覧のようにこの人物は目まぐるしく職業を変えている。

しかも浮き沈みが激しく、成功したと思ったら失敗し、再びそこから立ち上がる。

これを繰り返すという人生だった。

ではこの人物とは誰のことか。

実はこの経歴の持ち主こそがカーネル・サンダースにほかならない。


白髪に白い口ヒゲとやぎヒゲ、白いスーツに蝶ネクタイでステッキを片手ににこやかに両手を広げる…。

とはいえ、この経歴にはケンタッキー・フライドチキンのフランチャイズ・ビジネスがどこにも書かれていない。

なるほど。それもそのはずだ。


カーネルがフライドチキン・ビジネスへと本格的に邁進するのは、65歳で無一文になってからのことだからだ。

それから90歳でこの世を去るまで、カーネルはケンタッキー・フライドチキンの顔として活躍する。


この90年の人生の中でカーネルには死に至るかもしれない危機が少なくとも4度あった。

銃の撃ち合いや、車の事故だ。

これらに加えて度重なる破産である。

やがてカーネルは、これらの人生の危機をくぐり抜けて生きてこられた理由を次のように考えるようになる。

「神様は何か特別なことをワシにさせるために命を救ったのではないか」というように。

『カーネル・サンダースの教え 人生は何度でも勝負できる!』朝日新聞出版

 


カーネル・サンダースは世界で初めてフランチャイズ・ビジネスを生み出した人。

いつも、にこやかで温厚なイメージのサンダースおじさん。

しかし、若い頃はすぐに頭に血が上り、ケンカっ早くて、下品な言葉を人に浴びせていたという。

 

「できることはすべてやれ。やるなら最善を尽くせ」が、カーネルのモットーだった。


モーテル(郊外のホテル)を始めたときも、相場より高い室料だったが、徹底したサービスを提供したという。

客室には防音壁を用い、全室をエアコン装備。

ベッドは上質のマットレスで、寝心地は極上。

お客がチェックインして部屋に入ると、5~10分後にウエイトレスが現れてコーヒーを届けてくれる。

ウエルカム・サービスだ。

さらにウエルカム・フルーツも全てのお客に提供された。

雨が降っていたら駐車場まで従業員が出迎えてお客に傘を差し出す。

それでいてチップは一切受け取らない。


これらの厚いおもてないしに加えて自慢の料理の提供だ。

焼き置きではない、熱々の焼きたてのビスケットが自慢だった。

何と4年半も一切空き室が出ない状況が続いたという。

(以上、同書より)


カーネルがモーテルを作ったのは1937年、今から80年近く前のこと。

その当時に、この徹底したサービスは奇跡のようなことだった。


昔も今も、人と違ったアイデアがあれば商売は繁盛する。

そして、アイデアがある人は、何の商売でも成功する。


できることを、ベストを尽くしてすべてやれば、「人生は何度でも勝負できる」

何度倒れても、立ち上がる不屈の人でありたい。

 

 

【先生のひとことで、救われたんだよ】№1220

 平成25年7月5日

プロボクサー内藤大助氏の心に響く言葉より…

 


ひどいイジメだった。

胃潰瘍ができた。

毎日毎日、恐怖が続いた。

いまもそのトラウマが残っている。


僕がボクシングを始めた理由。

それは、中学のときのイジメだ。


相手に仕返しするためじゃない。

自分の身を守るため。

パンチを打つのではなく、相手のパンチをよけるため。

僕は強くなりたいと思った。


僕は北海道の豊浦町で生まれた。

家は貧しかった。

サビだらけのトタン板で囲われた木造二階建て。

窓は木枠でできていたけれど、きっちり閉まらない。

毎年、冬の寒さをしのぐため、ビニールを打ち付けて、窓をふさいでいた。


僕には父親の記憶がない。

僕が生まれてすぐに離婚したらしい。

母親は、自宅の離れで食堂兼民宿を営み、朝から晩まで忙しく働いた。

なにも買ってもらえなかった。


中学時代当時の僕は、身長が140センチくらい。

相手は170センチ以上あるやつもいて、喧嘩してもかなわないと思った。

僕は笑いのものされ、使いっぱしりをさせられ、それでもご機嫌をとり、媚を売りながら生きていた。

母親には隠していたけれど、ある日、お腹が痛くて病院に行くと、胃潰瘍ができていた。


中学三年になって、さらにイジメはエスカレートした。

モノを隠され、靴を捨てられ、服を脱がされた。

もう、限界だと思った。

カラスやスズメ、虫でもいい、人間以外のものになりたかった。

学校に行きたくなかった。


そのとき、佐々木先生が異変に気づいてくれた。

先生は、小さくて、運動神経がよくて、サッカー部の顧問。

歳は25歳くらい。

生徒との距離が近くて、冗談が通じるやわらかい雰囲気を持ったひと。


その佐々木先生がホームルームで、こう切り出した。

「最近、誰かが、誰かをからかっている。

特定のひとに、ひどいことをしている。

誰がやっているか、思い当たるひとは手をあげろ!」


誰も答えない。

すると先生は、大声であいつの名を呼んだ。


「おまえのことを言ってんだよ!!」


シーンとなった。

僕は、ビックリした。

すごいと思った。

こんな大人もいるんだと思った。

先生が叫んでから、イジメはおさまった。


僕は、ボクシングを始めた。

不思議なことに、強くなると、やり返そうという気持がなくなった。


「先生のひとことで、救われたんだよ」

フライ級の日本一になって北海道に帰ったとき、先生にそう言った。

先生は、変わらぬ優しい笑顔で、小さくうなずいた。

『心がギュッと強くなる本 大切な人への手紙23通』PHP研究所

 


人はちょっとしたひとことで、明るくもなれば、暗くもなる。

そして、たったひとことで命が救われることもある。


「いつだって、私はあなたの味方」

「泣きたかったら思いきり泣いてもいいんだよ」

「君がいてくれるだけで幸せ」

「どんな時でも君のそばにいるよ」


勇気を与えてくれる「ひとこと」、発したい。

 

 

 

 

 

 

【ちょっとした勇気があれば】№1216

 平成25年6月20日

石川起子さんの心に響く言葉より…

 冬休みに入って間もなく、電車に乗りました。

アルバイトで疲れ、少し人間関係がイヤになっていたとき…ふと前を見ると、右手の不自由なおじさんが乗ってきて、私の左側に座りました。

そして、片手で一生懸命本を読み始めました。


ちらっと横目で見たら、1ページ1ページめくるのが大変そうで、思わず片手をサッと出して本のはしを持ってあげました。

黙って見ていられなくなってしまって、役に立ちたいと思ったからです。

おじさんは遠慮して、

「あっ、大丈夫ですよ」

と言って、すぐに読みかけの本をしまって、しばらくうつむいてしまったのです。


次の駅に着いたとき、おじさんは目に涙を浮かべながら、

「やさしんですね…」

と言ってくれました。

胸のどこかでじーんとした喜びがありました。


その直後、下車するようだったので、勇気を出して、

「がんばってください!」

と言えて、また、じーんとした熱い思いがこみあげてきました。

“埼玉県新座市 石川起子(16歳)”

『涙が出るほどいい話 第六集』河出書房新社

 


人に話した言葉は、実は、自分に話している。

なぜなら、口の一番近くにあるのは、他人の耳ではなく、自分の耳だからだ。


だから…

相手を罵倒すれば、自分を罵倒しているのと同じ。

相手を励ませば、自分を励ますのと同じ。


「困っている人に言葉をかけていますか?

そんな人に対して何が出来るだろうか?」(デール カーネギー)


ちょっとした勇気があれば、人に優しく、親切にすることができる。

 

 

 

 

 

 

【二つの質問】№1209

平成25年6月3日
斎藤一人さんの心に響く言葉より…


死んだらどうなるか…。

オレは小さい頃、神さまに見せてもらったことがあるの。

死ぬとね、二つしか質問されないからね。


1つは、「人生を楽しみましたか?」って。

もう1つは、「人に親切にしましたか?」。


この2つしか聞かれないんだよ。

だけど、この2つは同じなんだよ。

人生を楽しみましたか?…って、他人(ひと)に喜ばれると、人はすごくうれしくて楽しいんだよ。


人間、生きてて、なにがうれしい、ってさ。

ゴルフで、ポンって、穴にボールが入ってくれるのも、うれしいだろうけど、

「あんたがいてくれて、しあわせだよ」とかね。

「あなたと同じ時代に生まれてしあわせだ」とか。

そうやって言われたら、いちばん幸せだよね。


「自分は人からどんなふうに思われてもいいんだ」って言うけど、嫌われたら、しあわせじゃないよね。

だから、しあわせって、追求したらね。

追求すればするほど、人に喜ばれることが、「しあわせだ」ってことがわかるよね。


人間ってさ、自分の魂が成長したときに無上の喜びを感じるものなんだよ。

『人生が楽しくなる「因果の法則」』PHP研究所

 

仏教には、「浄玻璃(じょうはり)の鏡」という言葉がある。

人が死んだときに、人の一生が、一瞬にして映し出される鏡のことだ。


悪いことをしたり、人を傷つけたりしたことがあると、それを見て身もだえするほど苦しくなるが、その別名を地獄と言うそうだ。

反対に、人の喜ぶことを多くし、人に感謝される人生を歩んでいると、うれしくて楽しくて、えも言われぬほど心地よくなるが、その別名を天国というそうだ。


人の喜ぶことを多くし、人に感謝される生き方を目指したい。

 

【優しい言葉をかけてほしい】№1199

 平成25年5月8日
高野登氏の心に響く言葉より…


マザー・テレサの、この言葉はご存知ですね。

「愛の反対は憎しみではない。それは無関心である」


誰だって自分の存在を無視されるのは辛いもの。

嫌われても憎まれても、自分の存在が認められている分、まだましなのです。


では、相手に「私はあなたに関心を持っていますよ」ということを伝えるにはどうしたらいいのでしょう。

答えは簡単です。

相手に言葉で伝えること。

優しい言葉で伝えてあげることです。


ある100歳のおばあちゃんの言葉です。

「お金もいらない。

着物もいらない。

命だってもういらない。

でもお願い。

優しい言葉をかけてほしい」


100年生きてきて、最後に彼女が欲しかったものは優しい言葉だったのです。

それなら100年も待たないで、今日から周りの人に優しい言葉をかけてみませんか。


「あなたに会いたくて来たよ」「あなたと過ごせて、とても嬉しい」「あなたといると、とても楽しい」「あなたで、本当によかった」「すべてあなたのおかげです」「本当にいいお仕事、していますね」「うわあ、すごい、よくできたね」「どうすれば、あなたのようになれるかな」「嬉しい。でも頑張りすぎないでよね」「すごく美味しい。おかわり!」


どれも何気ない一言ばかりです。

それで相手の気持が癒されるのなら、どんどん口にしたいですね。


そしてもっといいことに、それを言っている自分自身が、実はどんどん輝いてくるのです。

優しさという心の筋肉が、強く大きくなっていくからなのでしょうか。

『「また、あなたと仕事したい!」と言われる人の習慣』(高野登・志賀内康弘)青春出版社

 

「愛語よく回天の力あり」(道元禅師)

道元禅師は、優しい言葉は世界をも変える力を持っている、と語っている。


愛語とは、一人一人を大切に思い、優しい言葉、思いやりのある言葉をかけること。

人が死んでもずっと残るもの…

それが、その人が、人々に与えた喜びや悲しみ。


だからこそ…

どんな人にも、やさしい言葉をかける人でありたい。
 

 

 

 

【良いことを信じつづける】№1196

  平成25年4月23日

植西聡氏の心に響く言葉より…

 

 

 

【積極性を身につけるには】№1177
 

平成25年4月12日

 

こんな話がある。

「イタリアの片田舎の村にすばらしい美人がいた。

みんなは高嶺の花で、どんなすてきな人と結婚するのだろうと思っていたところ、つまらない男と結婚をしてしまった。

みんなはどうしてあんなつまらない男と結婚したのか知りたくて、代表を立てて訊きにいった。

その答えは、その男だけが美人の女性にプロポーズした唯一の人間であったからだった」

『金運・幸運・仕事運』PHP文庫



「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」 (本田宗一郎)


何もしなければ、失敗もしないかわりに成功もしない。

「それは出来ない、無理」と言って何も動かない人は、コツコツと努力する人にいつか抜かれる。


できるかできないかは、やってみなければ分からない。

失敗を恐れない、明るく積極的な人でありたい。

 

【余計なひと言】№1138
 
平成25年4月9日

福田健氏の心に響く言葉より…


言ったほうがよい、これは言うべきだと思ったとき、キチンとものを言うのは大切なことである。

ただ、言うべきことを言うのと、つい言いたくなって、余計なことを言うのとは、同じではない。


たとえば、ある人が中年女性に対して、

「いつもお若いですね」

と、ほめる。

すると、横から口をはさむのが、「余計なひと言」を発する人で、

「気だけはね」


仲間と飲みに行き、ついでにカラオケの店に入る。

後輩が上手に歌うのを見て、先輩がひと言言う。

「仕事をやっているときとは大違いだな」

せっかくいい気分で歌った後輩をイヤな気持にさせる、「言わなくてもいいひと言」である。


会話の途中で、

「キミはなにも知らないだろうが」

と、言い出す者がいる。

言われたほうは、

〈知らなくて悪かったな〉

面白くない気分にさせられる。


どうせ言うなら、

「キミも知っていると思うが」

これなら、相手も素直に、

「実はよく知らないんだ」

「じゃ、説明しよう」

となる。


余計なひと言を口にする人は、どこかで相手を見下している。

すなわち、コミュニケーションの水平感覚が育っていない人である。

そうした優越感の裏にはコンプレックスが隠れていたりする。

『人は「話し方」で9割変わる』経済界



よけいなひと言で、相手の気持を冷やす人がいる。


失敗したことを素直に伝えたとき、「だからダメだって言ったじゃない」

感動した講演を聞いた後、内容を話したら、「そういうのって、何だか宗教ぽいよね」

一生懸命ダイエットした人に、「急にやせるとリバウンドが怖いんだよね」

ニヤニヤしながら、女性に向って、「最近ちょっとふっくらしたんじゃない」



わざと嫌な事を言ったり、余計なひと言をいう人は…


「劣等感がある人」

「上から目線で、自分が偉いと思っている人」

「そいうことで笑いが取れると勘違いしている人」

「満ち足りていなくて、あまり幸せではない人」


いつも、愛のある言葉で、相手の気持ちを温かくする人でありたい。

 

【自慢話をする人】№1124
 平成25年3月4日

さいふうめい氏の心に響く言葉より…


ギャンブルで勝ったり、異性にもてたりすると自慢したくなるのが人の常。

ところが、それは運の女神の落とし穴である。

人間を試しているのだ。


競馬で勝った話の大きい人は、あとになってみると借金地獄で苦しんでいることがある。


また、もてた話を自慢する人は実際は、異性に人気がなかったりする。


実は、自慢話をすると、ツキがどんどん逃げていくのだ。

心に油断ができるのも一因だろう。


そして、自慢話をする人は、人に煙たがられる。

自慢話は、聞くほうは心地好くはないものである。

だから、周りが後押しをしなくなるのである。

同じ条件のふたりがいて、周囲に好かれる人とそうでない人がいたら、結果は火を見るより明らかである。


自慢話と同じようにツキが逃げるものに「威張る」というのがある。

力のある人は、自分から威張ることはない。

静かにしていても、周りが認めてくれるから、威張る必要がないのである。


ところが、ある程度年をとり、周囲の同じ年代の人が、若い人に尊敬されているのに、自分が尊敬されていないとよく威張りたがる。

威張っていないと、存在感が誇示できないのである。

これは始末が悪い。

『運の法則を読む』サンマーク文庫



自慢話をしたり、威張ったりする人は、自分のことを認めてもらいたくて仕方がない人だ。

褒めてくれる人や、自分を認めてくれる居場所を持っている人は、テングになったりはしない。


聞いていてうんざりする自慢話には…

「学歴自慢」

「仕事の忙しさ自慢」

「著名人、有名人を知っている自慢」

「車や時計など持ち物自慢」

「一番になったとか、過去のすごかった自慢」


たとえ実際に、すごい自慢ネタがあったとしても、自らそれを口にしたとたん、つまらない自慢話になってしまう。


失敗ネタなら笑えるが、自慢話は一文の得にもならない。

謙虚で周囲に好かれる、運を引きよせる人でありたい。

 

【高倉健の最敬礼】№1105

 平成25年3月26日

野地秩嘉氏の心に響く言葉より…

 

 

 

 

 

 

 

【小さなことに大きく感謝できる人】№1104

 

 

 平成25年3月19日


鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…


私が講演したときのことです。

講演中、私が白板に板書した文字を、タイミングよく消してくれる人がいました。

消してもらうたびに、私が軽く会釈して感謝の意を表していたのです。

その所作を見ていた参加者の感想文に書いてあったのが、次の一文です。


「講演の内容もよかったのですが、文字を消される人にいちいちお礼を言っておられた鍵山さんの姿に感動しました」。

この感想文を読んだとき、「小さなことに大きく感謝する」ことが、いかに大きな力なのかということを再認識しました。

たしかに、大きなことにはだれもが感謝します。

しかし、小さなこととなると、ほとんどの人が軽くあしらいがちです。


小さなことに感謝できない人は、どうしても不平不満だけが大きくなります。

その結果、小さな困難をますます大きくする傾向があります。


反対に、小さなことに大きく感謝できる人は、大きな困難を小さく受け止めることができるようになります。

感謝の念には、困難を和らげる効果があるからです。


だからこそ、幸せな人生を送るためには、小さなことに大きく感謝できる感受性豊かな人間になることが、何よりも大切なことなのです。

『困ったことばかりでも、何かひとつはよいことがある。』PHP

 

人は、大きなことには感謝できるが、小さなことには、なかなか感謝できない。

例えば、「命を助けてもらった」等の大きなことには、誰もが感謝するが、レストランで、お水を注いでもらったり、料理を運んできてもらったりした時に、「ありがとう」という人は少ない。

些細なことだから、当たり前のことだから、お金を払っている客だから、と思っている人はなかなか感謝しない。


大事なことは、人はその小さな行為をよく見ていることだ。

そして、そのことで、大きく評価が上がったり、下がったりもする。


小さなことや、当たり前のことに感謝できる人は、「下座(げざ)」の心がある人だ。

下座とは、どんなに実力があろうが、はるかに下の位置に座るという謙虚な心であり、自らの高慢を戒める行いのことを言う。


小さなことに大きく感謝できる人でありたい。
 

 平成25年3月14日


立花大敬氏の心に響く言葉より…


トランプの面白い実験があります。

トランプを裏にして、『ハートが出る、ハートが出る』と称えながら1枚取ります。

それをくりかえしますと、だんだんハートが出る確率が上がってくるそうです。


それから、途中で別の仕事ができて実験を中断する。

それから仕事をやり終えてから実験を再開すると、実験を休んでいる間も、さらにハートの確率があがっているのだそうです。

別の仕事をしている間も、心さんは目標達成に向けて仕事を続けてくれていたわけですね。

いったん心さんに目標の言葉がしっかり伝わりましたら、あとは自動的に心さんが仕事をやり続けてくれるんですね。


そして、もう一つの面白い実験があります。

たとえば、『ハート出るな、ハート出るな』と称えながらトランプをひきます。

そうしますと、ハートの確率が逆に増えてしまうのだそうです。


ですから、病気の時は、『病気治れ』などと称えてはいけないし、虫の好かない人がいたら、『Aさん来るな、Aさんがいなければ』などとくりかえし思っていたらダメなんです。

そんなことをしたら、ますます病気が重くなってしまいますし、Aさんは、より以上にあなたにまとわりつくようになります。


どうして、そんなことになってしまうのかといいますと、わたしたちはまだ心さんとの会話が下手なんです。

先ほどの『病気が治る』では、まず心さんに<病気>のイメージが伝わるのです。

これはイメージになりやすい単語ですね。


次の<治る>は、抽象的でイメージ化が難しいですね。

こんな単語は、心さんにはうまく伝わりません。

そこで、心さんには、まず<病気>だけが伝わってしまって、病気を期待していると誤解して病気を現実化してくれるので、ますます病気がこじれてしまうのです。

こんなときは、『病気が治る』より、『元気』や、『健康』と称えるほうがいいのです。

出来るだけ単純に、ストレートに、これがポイントです。

『お日さまの教え』《しあわせ通信》“第4集”本心庵

 

目標達成には、ビジュアリゼーションが必要だと言われる。

ビジュアリゼーションとは、目に見える形にすること、映像や図表にして具体的に分かりやすく示すことだ。


脳は、「病気が治る」と念じると、「病気」だけをビジュアルにイメージして、「病気」を実現させようとするという。

「治る」という抽象的な言葉は、ビジュアル化しにくいので、実現しにくい。


同様に…

「借金がなくなる」と念じたら、借金が増える。

「赤字解消」と願えば、赤字が増える。


だから、念じるなら、ポジティブな言葉。

「借金」ではなく、「貯金」

「赤字」ではなく、「黒字」

 


より具体的で、ポジティブな言葉を口ぐせとしたい。【お金持ちの悪口を言うと】№1084

 

 

 平成25年3月11日

千田琢哉氏の心に響く言葉より…


「貧乏になりたければお金持ちの悪口を言うことだ。

するとまわりから、お金持ちは去っていき、代りに貧乏が寄ってくる。

お金もちになりたいのであれば、まずお金持ちを尊敬することだ」


お金持ちの悪口を言うのが好きな人がいる。

お金持ちの悪口を言うのは、貧乏になるための最短コースだ。


なぜなら貧乏はお金持ちが大嫌いであり、お金持ちの悪口を言っている集団を見つけると喜んで仲間に入ってくるからだ。

つまりお金持ちの悪口を言えば、周囲は貧乏だらけになる。

貧乏がウジャウジャ群がってくる。

これではどこからどうみてもお金持ちになれるはずがない。


もしあなたがお金持ちになりたければ、お金持ちを心底尊敬することだ。

貧乏な人にもたくさん欠点があるように、お金持ちにだって欠点はあるだろう。

だがここで欠点比べを始めても何ら生産性がない。

ここは一つ素直になって長所に目を向けてみようではないか。

『「あたりまえ」からはじめなさい』星海社新書



友人や知人の成功を素直に喜ぶ人と、それを妬(ねた)む人がいる。

「成功」に嫉妬(しっと)すれば、「失敗」が喜んでやってくる。


不幸せになりたければ、幸せな人の悪口を言えばいい。

つまらない人になりたければ、面白そうな人の悪口を言えばいい。

苦しいと嘆きたければ、楽しそうな人の悪口を言えばいい。


不機嫌そうに、「不平不満」、「愚痴・泣き言」「悪口・文句」を言う人生がいいのか、明るい笑顔で、「うれしい・楽しい・幸せ」、「感謝・ありがとう」を言う人生がいいのか。

いつでも、どちらの人生か選べる。


「善(よ)きことをけなし、悪口を言えば悪くなる」

成功している人を、素直に賞賛できる人でありたい。
 

 

【二者択一】№1078

 平成25年3月6日


斎藤孝氏の心に響く言葉より…


漫画の『逆境ナイン』の中に「二者択一」というシーンがある。

主人公に初めて彼女ができる。

甲子園目指して、チームを率いてここ一番踏んばらなければいけないときなのだが、デートもしたい。

心が迷っている。


仲間から「プレゼントだ、好きなほうをとって、もう片方は捨ててくれ」と包みを渡される。

開けてみると、中には二枚の表札のような板が入っていた。

一枚には「野球」、もう一枚には「かけがいのない女」と書いてある。

煩悶(はんもん)した末、主人公は、「二者択一!!」と叫んで「野球」の板を取る。


泣きながら「かけがえのない女」の札を捨てる。

板という「もの」を自分の意思で選び取るという身体的動作によって、決断にリアルな切実さが伴う。


私たちは通常、意思決定をするときに、心のなかだけで考えている。

その実体が手にとって見えているわけではないので、「選び取った」ものと「捨てた」ものの本当の重さに気づきにくい。

たとえ小さな板切れであっても、自分が決心して選んで手に取った札だと思うことで、挫けない力が湧く。

ちょっとやそっとでへこたれるわけにはいかない。


このときのリアルな「二者択一」を一つの行動原理として、主人公とその仲間たちは二者択一が人生の格言のようになって、その後も決断の軸に「札を取る」行為をする。

「進む」のか、「逃げる」のか、札をつくって、冷静に考えて、自分の決断で札を選び取っていく。

『雑菌主義宣言!』文藝春秋



彼女を取るか、野球を取るかという選択そのものがいいかどうかは別にして、人生には二者択一で選ばなければいけないシーンは多くある。

その中の最も本質的な二者択一は、「現状維持」か「現状打破」かの姿勢だ。

つきつめていくと、人の行動基準は、この二つに集約される。


何事も、現状維持でいいと思っている人は、全ての言動が、「今のままでいい」、「現状を変えたくない」、という姿勢から発する。

たとえば、変革しようという意見に対して、なんの代案もないのに、ただ反論したり、理屈を言ったり、怒ったりする人は、現状維持の姿勢の人だ。

現状打破の姿勢の人は、「ちょっとでも現状をよくしたい」、「少しでも進歩したい」、「何かを変えたい」、という具体的な意見と、行動から出発する。


「現状維持」か「現状打破」か。

日頃、自分がどっちの立場で行動しているのか、確認してみる必要がある。

 

【シーザーの言葉】№1075

 平成25年2月27日

致知出版社長、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…


ジュリアス・シーザーには若かりし頃、二つのはっきりとした特質があった、という。

一つには、いつも機嫌がよかったこと。

もう一つは、事を為すにいつも覚悟が決まっていたこと。


リーダーに大事な資質であろう。

そのシーザーにこういう言葉がある。

「多くの人は見たいと欲するものしか見ない」


同じようなことをゲーテも言っている。

「人間は自分の聞きたい言葉しか聞かない」

天才二人の言葉は常人が嵌(はま)りがちな陥穽(かんせい)を見事に射抜いている。


物事の本質を見抜かずして、あらゆる事業は成り立たない。

あらゆる道は全(まつと)うできない。

多くの先達が本質を見抜くことの大事さを説くのは、それ故(ゆえ)である。


「観(かん)の目は強く見(けん)の目は弱く」と言ったのは宮本武蔵である。

現象に惑わされることなく、全体を観る目を養え、ということである。

彼はこの訓練によって60数回の戦いに必勝した。


平成15年、読売新聞が中学生以上の未成年者5000人に行なったアンケートがある。

日本が外国から侵略されたらどうするか…

「安全な場所へ逃げる」44%

「降参する」12%

「武器を持って抵抗する」13%


国家としての最大事を蔑(ないがし)ろにして今日に漂流してきた弊害が、いま、日本の至るところに現れているのだ。

我われは本質を見抜く目を養わなければならない。

それは国を国たらしめているものをしっかり把握して国を蘇(よみがえ)らせる道であり、一人ひとりがこの生を真摯(しんし)に生きる道でもある。

『月刊致知 2012年9月号』致知出版社


以前、私の心理学の師から、「プロテクト」という概念について、話を聞いたことがある。

プロテクト、とは「守る」ことだ。

自分の大事な家族や、会社や、友人を守ること。


いじめなどの問題では、いじめる側は恐ろしいほどの強力な負のパワーを持っている。

しかし、いじめられる側の子どもや親は、人がよくて、気を遣い、優しい人がほとんどだ。

だからこそ親は、自分の子どもがいじめにあったとき、相手のパワーに倍するほどの異常なほどのパワーを発揮しないと、子どもを守ることはできない。


「守る」というのは、己(おのれ)の利益を守ることではない。

子どもや、家族、会社、故郷、国家、といった、自分以外の大切なものを「守る」ということ。

いじめからわが子を守るということは、国家でいうなら国防ということになる。


中国の「大学」の中に次のような言葉がある。

『心ここに在(あ)らざれば、視(み)れども見えず、聴(き)けども聞こえず、食らえどもその味を知らず』

心がうわのそらの時は、何を見ても見落とすし、何を聞きても耳に入らないし、何を食べても味も分からない。


現実や本質を直視しようとせず、目を背(そむ)けてばかりいたら、問題は一つも解決しない。

自分以外の大切な誰かを「守る」、という考え方はとても大事だ。

 

【二人の木こり】№1059
 平成25年2月22日

アレクサンダー・ロックハート氏の心に響く言葉より…


二人の木こりがいた。

一番目の木こりは満身の力をこめて木を切った。

休憩も昼休みもとらず、できるだけ多くの木を切るために全力を注いだ。

朝は誰よりも早く働き始め、夕方は誰よりも遅くまで働き続けた。


他の木こりたちは、彼があまりにも早く木を切ることに驚嘆した。

しかし一日が終わるころには、二番目の木こりのほうが多くの木を切っていた。

一番目の木こりほど懸命に作業をしていたわけではないし、休憩を何度もとっていた。


一番目の木こりは二番目の木こりに歩み寄って質問をした。

「君はどうやって僕よりも多くの木を切るんだね?

僕の方が朝から晩まで長時間一生懸命に働いているはずなのに。

もしよければ、君の成功の秘訣を教えてくれないかい?」


二番目の木こりは一瞬考えて言った。

「成功の秘訣なんでとくにないけれど、これだけは間違いない。

どれだけ作業が忙しくても、僕は時間をとって斧を研ぐようにしているんだ。

斧がよく切れれば、より少しの労力でより多くの木を切ることができるからね」


この寓話でいう斧を研ぐという作業は、自分を高めるということだ。

私たちは時間をとって自分の人生のすべての分野で自分を厳しく見つめなければならない。

『自分を磨く方法』ディスカヴァー



どんなに技術があろうが、知識があろうが、その人の人間性が悪かったら成功はできない。

なぜなら、性格の悪い人には、協力者が集まって来ないからだ。


この人なら、「助けてやろう」、「応援してやろう」、と思われる人は、技術や知識があるだけでなく、人間性を磨き、自分を高める努力をしている。

例えばレストランのオーナーシェフでいえば、どんなに長時間働き、料理の勉強をして、おいしい料理を出していたとしても、店で、怒鳴り散らしたり、愛想が悪かったり、自分の料理を鼻にかけたり、傲慢だったりしたら、その店はたちどころに閉店に追い込まれるだろう。


技術を磨くのはもちろんのことだが、自らの心を磨くことも忘れないようにしたい。
 

 

【何歳からでも筋力や体力は向上する】№1047
 平成25年2月12日

三浦雄一郎氏の心に響く言葉より…


人間は何歳になっても、筋力や体力を向上させることができる。

何歳であろうとも、運動を始めるのに遅すぎる年齢というものはない。


スポーツ医学の研究結果によれば、人は一日寝たきりでいると、筋力が3%低下し、一ヶ月なにもしないと30%もの筋肉が落ちてしまうという。

逆に、効果的な運動を半年つづけると、5歳若返るという。


僕もこのことを、実体験している。

60歳で引退を考えて不摂生な日々を送っていた僕は、500余メートルの山にも登れず、生活習慣病寸前だと医師に警告された。

その僕が、エベレスト登頂に向けて65歳から再び体を動かし始めた。

すると半年ほどで体力が戻ったことを実感したのである。

以前登れなかった山も、軽々と登ることができるようになっていた。

半年でこれほど違うものかと驚いた記憶がある。

そして、一年後には最悪だった血糖値などの数値もよくなり、体中に力がみなぎってくるのが自ら分かった。


じっとしているより、少しでも体を動かすことである。

自分にとって、楽しくて、心地よい運動を、ちょっとずつつづけることである。

でも、その運動のために、ほかのことを犠牲にするようではいけない。

また、疲れたらサボることである。


僕も大好きな食べ放題、飲み放題は止めずに、貫きとうした。

自分に都合よく考えながら運動をする。

それでもつづけることによって、効果は必ず出てくる。

大切なのはつづけることである。


最初はのんびり気分で15分ほど歩くだけでいい。

2~3日サボっても、ぜんぜんかまわない。

気にすることはない。


最初から気負いするのが、一番いけない。

自分にあれこれと規制をかけてしまったり、ムリな運動を始めても、持続は不可能なのである。

運動は、自分にとって都合のいいプランを立てることによって成功する。

『人生はいつも「今から」』KKロングセラーズ



三浦雄一郎氏は、富士山直滑降や、エベレスト・8000m世界最高地点スキー滑降も成し遂げたアドベンチャー・スキーヤーだが、2003年に世界最高年齢(70歳)でエベレスト登頂にも成功した。

また、雄一郎氏の父親、敬三氏は、100歳を越えてから、キリマンジャロ、欧州アルプスの氷河を滑走したという。


我々一般人と基礎が違うとはいえ、「何歳からでも、筋力や体力を向上させることができる」という、実際に実体験した人の言葉だけに勇気づけられる。


気負わずに、目標に向って、自分の都合のいいプランを立てることが成功の秘訣。

何事も、長くつづけたことは、後になって自分の大きな財産となる。



 

【七夕の願いごと】№1046

 平成25年2月8日

多湖輝氏の心に響く言葉より…


ずいぶんまえのこと、日曜日の朝テレビを見ていると、お医者さんの講演を放送していました。

以下はそのお医者さんの話です。



ある下半身マヒの女性がいました。

その女性は、左手も思うように動かせないので、もちろん、車椅子を自分で動かすこともできません。

外出、お風呂やトイレでの介助など、すべての世話はお母さんの役目になっていました。


ある年のことです。

彼女を含めた障害者の方々のために七夕パーティが、ボランティアの人たちの手で開催されました。

みながとても楽しそうにかざりつけをしていました。


私が、彼女に、「短冊はもう飾ったの?」と聞くと、

「はい、私の願いは一つだけなので、短冊は一つ飾っただけです」と答えました。

「一つだけ?なんて書いたの」と聞くと、

「お母さんより一日だけ早く死ねますようにって書いたんです。

お母さん、ずっと私の世話ばかりだから。

私はお母さんがいないと困ってしまうけれど、お母さんには、私の世話をしなくてもいい日が一日でもあって欲しいな!って思って」


彼女は笑顔でそう言ったのです。

私は感動してその話を、彼女の母親に伝えました。

すると、彼女の母親は、「私も短冊に願いごとを書いてきますね」と言って、向こうへ行ってしまいました。


飾りつけが終わってから、彼女の母親に、「短冊かざりましたか?」と聞くと、

「ええ、あそこに」と上のほうを指さしました。

ちょっと高い所だったので何て書いてあるのか読めません。


「何て書いたんですか?」と聞いてみると、

「ぜいたくを言わせてもらえば、娘より一日だけ長く生きさせてくださいと書きました」と、娘さんと同じ笑顔でした。


そして、「自分が楽をするために、一日長くと書いたのではありません。

あの子が安心して天国へ行けるようにと思いまして。

一人ではお手洗いにも行けない子ですからね」と続けたのです。

この親子の絆を強く感じるとともに、その明るさに私は救われました。

『思わずほほえむいい話』PHP



私たちは、今の生活をあたりまえのこととして毎日を過ごしている。

もし、自分一人でトイレにも行けないとしたら…

誰かのお世話にならなければ、食事もできないとしたら…


そう考えたとき、今の生活がどんなにか、ありがたいものであるかがわかる。

些細(ささい)なことで、不平不満を言ったり、怒ったりする自分が恥ずかしくなる。


今あるあたりまえの幸せに気づき、感謝の気持で生きていきたい。

 

【健康管理は体に悪い?】№1042
 平成25年2月5日

無能唱元師の心に響く言葉より…


朝日新聞の「天声人語」欄に、次のような興味ある記事が載っているのを、読んだことがあります。

かつて、フィンランドの保健当局が、栄養指導や健康管理の効果について、科学的な調査をしたことがある、というのです。


まず、40歳から45歳までの男性を600人選び、彼らを定期検診し、ビタミンやカルシウムなどをはじめとする栄養的管理を徹底させ、酒やタバコの類(たぐ)いを控えさせ、毎日適度の運動をしてもらい、こういう生活を15年続けてもらったのです。

その効果を比較して調べるため、同じような条件にある男性600人を選び、こちらは、いかなる健康管理の対象にもせず、ただ、健康状態の調査のみをして、同じく15年間調べました。


15年後、二者の間に、恐ろしいほどの違いが現われました。

心臓血管系の病気、高血圧、死亡、自殺、いずれの数も、一方が他方よりずっと多かったのです。

それがなんと、健康管理をした方のグループだったのです。

医者たちは仰天し、その実験結果の公表を控えたそうです。


この実験結果が言わんとしているのは、なにも「健康管理は不用だ」といった短絡的な結論ではありません。

そうではなく、「過保護は人を依存的にする」ということなのです。


自立は自律とつながっています。

われわれが、他者依存的になったときは、自律組織によって生ずる自然な抵抗力を失ってしまうのです。


自らを救うのは、まさに自分自身なのです。

健康管理が他律的に行われるとき、恐るべき自己喪失がそこに生じ、それが自らの心身を守るエネルギーを失わせてしまうのであります。

『小さなサトリ』河出書房新社



無能唱元師は、「幸せ」とは、心身が「弛緩(しかん)」(リラックス)している状態であり、「不幸」とは、過度にこわばった緊張が弛緩しないでいる状態だ、と言う。

人から管理されたり、コントロールされているときは、緊張が続いている。


人は、自ら決定し、自発的に動くと、限りないエネルギーが湧いてくる。

やらされていると感じたり、義務だと思ってやっていると、それがストレスとなり元気は出てこない。


世界最長寿と認定された、泉重千代さんは、「長生きの秘訣は?」と問われ、「酒とタバコ」と答えた話は有名だ。

また、「どういうタイプの女性が好きですか?」との質問に、「年上の女かのぉ」 と答えたそうだ。


健康、健康と騒ぐような、いわゆる「健康オタク」はいただけない。

「健康のためなら死んでもいい」という言葉を地で行っているからだ。


こだわりを捨て、もっとリラックスして生きて行きたい。

 

【これが最後だ、という気持で】№1023
 平成25年1月29日

中山和義氏の心に響く言葉より…


ジョー・ディマジオは、メジャーリーグで首位打者2回、本塁打王2回、打点2回と数多くのタイトルをとりました。

誰も破ることはできないだろうと言われている「56試合連続安打」と言うメジャーリーグ記録は有名です。

オープン戦や公式戦、順位は自分のチームが優勢、劣勢の状況に関係なく、彼は常に全力でプレイする選手でした。

必死にベースにスライディングをするので、ケガをすることも多かったのですが、ケガを恐れて手を抜いたプレイをすることはありませんでした。


その理由を彼は、

「私がプレーするのを見るのはこの一試合だけという子どももいるわけだ。

私には責任があるんだ」

と口ぐせのように話していました。


一度しか自分のプレイを見せることができない人がいるから、絶対に手を抜かないという彼の野球に対する態度は、どんな仕事でも必要です。

誰もが、仕事を通じて、多くの人と出会い、相手に大きな影響を与えているからです。

『生きる力が湧いてくる! 感動の言葉』Gakken



2001年のアメリカの同時テロの時に、有名になった詩がある。


「最後だとわかっていたなら」(ノーマ コーネット マレック)


あなたがドアを出て行くのを見るのが

最後だとわかっていたら

わたしは あなたを抱きしめて キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう


あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが

最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって

毎日繰り返し見ただろう


あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど

最後だとわかっていたなら

一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と

わたしは 伝えただろう



今日は最後の日ではない、と誰もが信じている。

明日もあると思うから、「まあ、いいや」とか「今日は仕方ない」と手を抜いてしまう。


例えば、レストランにおいて、「これが最後の食事」というお客様が来たとしたらどうだろう。

人生最後の食事にこの店を選んでくれた、そんな方になら、きっと涙を浮かべて必死にサービスするに違いない。


「一期一会」とは茶道の言葉。

あなたと出会っているこの時間は、二度とない、生涯に一度きりの機会、だからこそ、茶会は、主客ともに誠意をつくす、という意味だ。


「これが最後だ、という気持で」

誰に対しても、一期一会で臨みたい。
 

 

【鈍感は最大の罪】№1022
  平成25年1月24日

野村克也氏の心に響く言葉より…


【夢や目標が人を敏感にする】

人生に大きな夢を持っている人というのは敏感である。

目標意識がはっきりしている人は敏感である。

目標がしっかりしていると、ものごとに肯定的になるから、それが敏感にするのであろう。

人間の最大の悪はなんであるか、それは「鈍感」である。



【鈍感は罪】

一流選手はみな修正能力にすぐれている。

同じ失敗は繰り返さない。

二度、三度失敗を繰り返す者は二流、三流。

四度、五度繰り返す者はしょせんプロ野球失格者なのである。

なぜなら、そういう選手は失敗を失敗として自覚できないか、もしくは失敗の原因を究明する力がないからだ。

「鈍感は最大の罪」とは、そういうことを指すのである。


「小事は大事を生む」という。

些細なことに気づくことが変化を生み、その変化が大きな進歩を招くのである。

気づく選手は絶対に伸びる。

これは長年プロの世界に身を置いてきた私の経験から導き出された真理である。



【感じる力】

感じる力を持っている選手は、絶対に伸びる。

これは、半世紀以上、野球に携わり、多くの選手たちを見てきた私の実感である。

感じるということは、ちょっとした変化やうつろいに気づくことなのだ。


この社会は、日々、変化していく。

一球一球、変化の連続である。

その変化をいかにして捉え、対応していくかが、紙一重のところで勝敗を分ける要因となる。

あるいは、その人間の成長につながっていく。


そのためには自分自身で感じる力を養わなくてはいけない。

感じる力は「理想」と「貪欲(どんよく)さ」から生まれる。

『人生を勝利に導く金言』致知出版



感じ方が鈍い人は、人の悲しみや痛みに気づかない。

平気で、傷つくようなことを言ったり、元気を失わせるような皮肉を言ったりする。


鈍い人が、人気者であったためしがない。

人の気持が分からないから、喜ばせることができないからだ。

人気者や成功者は、些細なことを気にして、そこから多くの気づきを得る。


「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」淮南子(えなんじ)

枯葉が一枚落ちたことで、秋が来たことを知る。

わずかな前兆から、未来や、ことの根本がわからなければいけない、という例えだ。


「鈍感は最大の罪」

感じる力を持つ、気づき多い人でありたい。

 

【魂を磨く】№1140

 平成25年1月17日


醍醐千里氏の心に響く言葉より…


この世でたった一人の大切なあなたへ


【魂の約束】       


私たちは生まれるとき、神様から魂をいただきました。

みんなその魂を、自分の真ん中においています。


魂は磨けば磨くほど光ります。


漢字の練習を一生懸命しました。

魂は昨日より光ります。


電車でおじいさんに席をゆずりました。

魂は昨日より光ります。


弟におやつをあげました。

魂は昨日より光ります。


今日はごめんねが言えました。

魂は昨日より光ります。


あの人にありがとうが言えました。

魂は昨日より光ります。


努力をすることや、誰かや何かに優しくすることは、魂を磨きます。

けれど 、努力をすることや、優しくすることだけではなく、 楽しいこと、うれしいことも、 魂を光らせることが分かりました。


友だちと楽しく大笑い。

魂は昨日より光ります。


誕生日のプレゼント。

魂は昨日より光ります。


楽しいことやうれしいことも魂を磨くと知って、 私はなんだかホッとしました。


ある日、そうじをさぼって友だちと遊びました。

友だちと楽しく大笑い。

けれどその日、自分の中の魂を見て驚きました。

あんなに楽しく笑ったあとだったのに、 魂は、光るどころかくもっているのです。


ある日、友だちからネックレスをもらいました。

お店から盗ってきたネックレスだと言います。

ほしかったものなので、 よく考えもせずにそれを受け取りました。

   その夜、魂を見てみたら、その日もまた魂は、 昨日よりくもっていました。


ある日、一人が言いました。

「ねぇ、あの子、気に入らないよね?」


あっという間に、その子はひとりぼっちになりました。

私は、その子をひとりぼっちにさせる側にいました。

その輪の中で私には、急に仲間が増えました。

新しくできた仲間とともに、 おもしろおかしく過ごしました。


そんな日々を送る中、 私は久し振りに、自分の中の魂を見てみました。

私の魂は真っ黒になっていました。

私は、自分の魂の色を見て、 とてもおそろしくなりました。


楽しいこと、うれしいことの中にも、 魂をくもらせること、 魂を濁らせることもあると分かりました。

楽しいこと、うれしいことには、 2種類あると分かったので、 これからは、 気をつけていかなければならないと思いました。


毎日魂を磨き、 毎日魂の様子を見ているうちに、 私は不思議なことに気がつきました。

磨いたつもりのない日でも、 魂の輝きが、増しているときがあるのです。


そういう日の一日を振り返ってみると、 その日は、きれいな花を見たり、美しい夕焼けを見たり、 そういう日だったことが分かってきました。


映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり。

そういうことでも魂を、磨くことができるのです。


楽しいことやうれしいこと、 目にした景色や、聞こえてくるメロディ、あたたかな言葉。

その日その日のなんでもないことも、 私の魂を磨き続けてくれたのです。


できるだけ魂を光らせようと、毎日を送っていましたが、 ある日、私は少しだけ疲れてしまいました。


夢の中で私は、神様に会いました。

夢の中で私は、神様に聞いてみました。


神様、私はいつまで魂を磨けばいいのですか。

私の魂は、いつ完璧に美しくなるのですか。


神様は言いました。

あなたは、あなたの最後のひと呼吸まで、 魂を磨き続けなさい。

みんなその約束をして、地上に生まれているのですよ。


でも、神様、磨き終わらないうちに、 最後のひと呼吸がきたら、 どうすればよいのですか。


心配しなくて大丈夫。

あなたの魂は、最後のひと呼吸のとき、 必ず、最高の光を放ちます。


神様、私にはその自信がないのです。


あなたは、毎日魂を磨いています。

だから大丈夫。

最後のひと呼吸のとき、 魂はそれまでで一番美しい姿を見せてくれます。

何も心配いりませんよ。

あなたの魂は毎日、昨日より輝きを増しているのです。


ときどき、自分の魂を、離れたところから見てごらんなさい。

あなたの魂があなたの体を越えて、 まわりに光を与えていることにも、 気づくことができるでしょう。

このごろでは、あなたの魂の輝きで、 道を明るくする人も増えてきました。


さぁ、戻って、魂を磨いてきなさい。

毎日を楽しくうれしく感謝の気持ちで送るのですよ。

そうするとあなたの魂は、キラキラと光を強くしていきます。


あなたがここに来るのは、まだまだずっとずっと先。

あなたの人生を、楽しんでいらっしゃい。

あなたがどんなに素晴らしい魂を持って、ここに帰ってくるか、 私はそれを楽しみにしています。


目が覚めた私は、 それまで気づかなかったことに気づきました。


昨日より今日。

今日より明日。


私の魂は輝きを増し続け、毎日新しく生まれ変わります。

そして必ず、その日の魂が1番光る魂。


少しの努力、優しい気持ち、そして うれしいこと、楽しいこと。

日々の中に散りばめられた美しいもの。


神様との約束を思い出したので、 私は、なんにも心配しないで、 毎日を送っていくことができそうです。

なんにも心配しなくても、 私の魂は、昨日より光ります。

光り続けます。

 

【試練は人を鍛える】№897

 平成25年1月16日

マミュエル・スマイルズの心に響く言葉より…


偉大な人たちは、激しい葛藤の結果、世のために役立つりっぱな業績を遺しました。


■「もし身体が弱くなかったら、あれだけ大きな仕事はできなかったにちがいない」とダーウィンは述べています。


■死が近づいたヘンデルは手足のしびれに襲われ、絶望感と苦痛にさいなまれながらも机に向かい、その名を不朽なものとした名曲をいくつも作曲しました。


■モーツァルトは莫大な借金を抱え、重い病と戦いながら「レクイエム」の最終曲とオペラを作曲しました。


■シューベルトは貧困に苦しみながら32年の短いながらも輝かしい生涯を閉じました。

後に遺された財産といえば、着ていた洋服とひと握りの銀貨、それに自分で作曲した曲の楽譜だけでした。


災いは姿を変えた幸せにすぎません。

うまく生かすことによって、何倍もの幸せを手にできるのです。


経験は苦々しいものであっても有益です。

経験を通してのみ、私たちは悩み、強くなることを学びます。


人格は試練によって鍛えられ、苦しみを通して完成されるのです。

富や成功は、それだけでは幸せをもたらしません。


最大の幸福とは、もつれた糸のようなものです。

幸福は悲しみと喜びの組み合わせで、悲しみがあるからこそ喜びは大きくなる。

不幸の後には幸せがあり、私たちを悲しませては、さらに大きく喜ばせてくれます。

『スマイルズの名著「品性論」』三笠書房



「試練や、苦しみや、災いは姿を変えた幸せ」と、すんなり思える人は少ない。

特に、災いが降りかかっている真っ最中の時は、なかなか「幸せ」と思えない。


人間には二通りの人がいるという。

どんな災難の中からも、明るい面をみつけることができる人と、その反対に暗い面ばかりを探し出し、打ちひしがれてしまう人だ。

明るい面を見るか、暗い面を見るのかは、訓練しだいだ。


「心中に喜神(きしん)を含(ふく)む」という言葉があるが、どんなときでも、ニッコリとほほえむ気持を持つことがあるといい。

あたかも、心の中に、喜びの神がいるがごとくに。


「災いは姿を変えた幸せ」

試練や苦しみは、人を鍛え、人間力を高める。
 

 

【何気ない一言に助けられました】№883

 平成24年12月26日


「発言小町」300万人が泣いた魔法の言葉より…



本社から地方営業所への転勤が決まり、開いていただいた送別会の席でのこと。

直属の上司から、涙目でこう言われました。


「お前がいてくれてよかった。

助けられた。

ありがとう」


入社して、15年。

つきあいが下手で、めだつことも嫌いで、腹をわって話せる友人と呼べる人もいません。

でも、誰にも認められなくてもいい。

自分のやるべき仕事は、最後まで責任をもってやろう。

そう自分に言い聞かせながら、これまでやってきました。


自然とうれし涙がこぼれ、男泣きしてしまいました。

今だに、人とうまくつきあうことができません。

でも、がんばっている人の存在に気づいてあがれられるようになりたいと心がけています。
 

 

 【何も行動しない人は、何も起こらない】№1205

 平成24年12月13日

吉岡秀人氏の心に響く言葉より…


僕は今でもけっこう当たり前に失敗する。

だけど、とにかくどんどんやっていく。


たとえば、僕は、いろんな活動を同時に進めている。

そのためか、「なぜ、こんなに多くの活動ができるんですか?」と聞かれることも多い。


だけど、僕は言いたい。

「もう僕がいったい何発撃ってると思う?」

「あなたたちが想像する以上に、僕は撃ちまくってて、それで、これだけしか残ってません」

それが正直なところだ。


だけど、人は成功した部分しか見ないからわからない。

成功したもの、うまくいってるものの中の一つが自分の夢に変わっていく。

だから、トライアンドエラーを繰り返し、そういうものを残していくべきだ。

何も行動しない人には、何も起こらないのだ。


「9000回以上シュートを外し、300試合の勝負に敗れ、勝敗を決める最後のシュートを任されて26回も外した。

人生で何度も何度も失敗した。

それが成功の理由だ」

(マイケル・ジョーダン)
 

 中国の孔子はこう語った。

「最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起き上がることである」


人が死ぬ間際に一番後悔することは、「やりたいことをやらなかったこと」だと言う。

つまり、失敗を恐れてチャレンジしなかったこと。


失敗しても失敗しても、そこから不屈の闘志で起き上がり、チャレンジする人には限りない魅力がある。

何も行動しない人は、何も起こらない。
 

 

【三波春夫さんの歌】№1013

 平成24年11月28日


永六輔氏の心に響く言葉より…


僕にとってお付き合いの深かった歌手は三波(みなみ)春夫さんです。

こんなエピソードがありました。


彼が年をとってからなんですけど、老人ホームによく出かけることがあったんです。

ボランティアで一緒によく行きました。


あるとき僕は三波さんに、奈良の老人ホームで、三波さんのことをとっても大事に思っているおばあちゃんがいる。

ただ、そのおばあちゃんは自分の名前も思い出せない、自分がだれかもわからない、でも、「三波春夫」というと、にっこり笑うおばあちゃんがいる、という話をしました。

そうしたら三波さんが、「行きましょう、そこへ行って歌いましょう」と言うのです。


そこで、老人ホームに行ったんですが、そこで、その園長さんが「永さん、ちょっと」と言うんです。

「あのおあばちゃんの件なんですけれど、本当に三波さんが大好きな人なんだけど、一方でしょちゅう何かを歌っている」と言うんですよ。

「三波さんが歌ってらっしゃるのに、客席で歌っているのは、おかしいでしょ。

だから、もし三波さんがそれは困るとおっしゃるんだったら、そのおばあちゃんは会場に入れません。

でも、そんなこと気にしませんとおっしゃってくださるんだったら、入れることにしましょう」

と言われたんです。


すると三波さんは、

「じゃまになんかなりません。こういう施設に来る以上、いろんな方がいることは覚悟で来ております。さあ、どうぞ」

と言うので、そのおばあちゃんが入れることになったんです。


さて、司会の僕が、

「さあ、お待たせしました。三波春夫さんです」

と言おうと思ったら、そのおばあちゃんがみんなの集まっているホールに入ってきたんですが、もう歌っているんですよ、大きい声で。

「♪一列談判破裂して(数え歌)」と歌っているんです。


「弱ったな、三波さんに悪くないかな」と思いながら「三波春夫さんです」と紹介しました。

三波さんは出てきました。

出てきたら、何もしないですぐにそのおばあちゃんの隣に座って、おばあちゃんが「♪一列談判破裂して」と歌い出すと、それと同じ歌を一緒に歌い出したんですね。


それから、そのあとおばあちゃんが次から次に歌うんです。

三波さんもまた変な人で、どんな歌が出てきても歌えるんですね。

「♪ひとつとせ」に始まって、昔聞いたあらゆる歌を歌うんです。

そしたらそれをみんなが歌いはじめた。

司会をしていた僕に、「このまま盛り上げていこう」「私の歌は要らないからこのままいこう」と三波さんが言うので、本当にすばらしいコンサートになって、三波さんは持ち歌を一曲も歌わないで一時間たちました。


その帰り道、三波さんが

「永さん、私たちは間違っていませんでしたか?

私が行って歌ってあげれば喜ぶと思っていたこの傲慢(ごうまん)さがとても恥ずかしい。

みんな歌を持っているじゃないですか。

みんな歌える歌があるじゃないですか。

みなさんが歌っている歌のなかに入ってみて勉強になりました。

われわれ歌手は傲慢です。

自分の歌を歌ってあげればいいと思ってきたことがとっても恥ずかしいです」

『上を向いて歩こう 年をとると面白い』さくら舎



「お客様は神様です」で有名な、三波春夫氏は浪曲師から歌い手になった異色の大歌手だ。

いつも笑顔を絶やさず、派手な着物姿でファンサービスに徹した三波は、歌う時には、「神前で雑念を払って祈るときのように、客を神と見る」ということからこの言葉が出たそうだ。


中国の『伝習録(でんしゅうろく)』に、

「人生の大病は、只だ是れ一(いつ)の傲(ごう)の字なり」

とある。


傲慢やおごりは、我とわが身を滅ぼす大病だ。

どんなときでも、自らを振り返って謙虚になれる人でありたい。
 

 
 
【「でも」と「だけど」】№1179
植西聡氏の心に響く言葉より…
24年11月20日
ダイエットのためにスポーツ・ジムに通いはじめたと友だちに話したら、「でも、いくらジムに行っても食べる量を制限しなければ、やせないんじゃない?」と言われてしまった。
そういうとき、たいていの人はちょっと不快な気持ちになります。

夏休みにグアムへ家族で旅行に行ってきたと同僚に話したら、「だけど、向こうだって暑いんでしょう。暑いときに暑いところに行くのは、どうかなあ」と言われた。
こんなときも、これまたたいていの人はちょっと不快になります。

「これ以上、この話をするのはよそう」と思う人もいるでしょう。
なぜでしょうか。

それは、「でも」とか「だけど」と言われると、自分の考えや体験を否定された気になることと関係しています。
誰に対しても、口グセのようにそういう言葉を用いていると、周りから、「あの人は私が言うことにいつも異を唱える」と思われるようになってしまうでしょう。

人と話すときは、話題の主導権を相手に譲り、それに同調・共感するくらいの気持ちでいるといいのです。
それだけのことでも、対人関係はガラリと改善されるものです。

 

 

【笑うことと悲しむこと】№1169

 24年11月7日


五木寛之氏の心に響く言葉より…



明るく振る舞い、よく笑うほうがいい。

けれども性格的に無理な人もいるでしょう(笑)。


ただ、いろいろな外国の本なんか読んでいて面白かったのは、脳は人間の感情を支配しているけれども、結構騙(だま)されやすいともいうんです。

だから人と明るく談笑したり、大笑いできないような人は、一人鏡に向かって「アハハッ」と口を開けて笑うといいそうです。

すると脳はその楽しそうな顔を見て、あぁこの人はいま喜んでいるんだなと錯覚するらしい。


喜び上手というのはとても大事です。

だけど同時に悲しみ上手も大事なんです。


最近はグリーフケアといって、人の悲しみに寄り添うことの大切さが論じられるようになりましたが、悲しい時にはちゃんと悲しむこと、泣くっていうことが大事なんです。

戦後よくなかったのは、なんでもプラス思考で、笑うこと、ユーモア、明るい気持ち、前向きと、そんなことばかり持てはやしていることです。

でもそれは車の片方の車輪でしかない。

もう片方の深く悲しむ、嘆く、涙をこぼすことも大事なんです。
 

 

【必要なのはチャンスだけ】№1164

 平成24年11月2日


真山知幸氏の心に響く言葉より…


チャップリンは6歳にして貧しい人々の施設「貧民院」に入所したため、まともな学校教育を受けることができなかった。

芸人だった父は酒乱で、チャップリンが1歳の時に離婚。

安いアパートの屋根裏部屋での生活は、母の歌手としての収入だけで成り立っていた。


チャップリンが始めて舞台に立ったのは5歳のとき。

急に舞台で声が出なくなった母が、観客からの激しいヤジで袖に引っ込まざるを得なくなり、その代役として舞台に送り込まれたのが、そもそもの始まりだった。

わずか5歳で舞台に立たされるなんて、緊張して泣き出してもおかしくない状況だが、チャップリンはオーケストラの演奏をバックに、当時流行していた曲を堂々と歌い始める。

歌の途中で、客席からお金が次々に投げ込まれると、チャップリンは「お金を拾ってからつづけます」と歌を中断してお金を拾い始めた。

すると観客は大笑い。

その後も、ダンスからモノマネまでエンターテイメントの才能を発揮した。


母の喉は回復することはなく、この舞台を最後に引退。

生活はさらに苦しくなり、仕送りを気まぐれに送ってきていた父親も37歳で他界してしまう。

その後、母も病に倒れるなど、次から次へと人生の困難が、若きチャップリンに降りかかってきたのだ。


チャップリンは自伝で、次のように書いている。

「新聞売り子、印刷工、おもちゃ職人、ガラス吹き、診療所の受付、等々と、あらゆる職業を転々としたが、その間も、俳優になるという最終目標だけは、一度として見失わなかった」


チャップリンは仕事と仕事の合間に、俳優事務所を訪ね歩いていた。

いくつかの寸劇を行ないながら、大きなチャンスが巡ってきたのは、17歳のときだ。

イギリスの劇団のオーナーから『フットボール試合』という芝居で、ハリイ・ウェルドンという当時人気を博したコメディアンと同じ舞台に立つチャンスを与えられたのである。

「どうだ、『フットボール試合』でハリイ・ウェルドンの相手役がやれるかね?


突然、転がり込んできたチャンス。

チャップリンは戸惑うことなく、堂々とこう答えた。

「ええ、私に必要なのは、チャンスだけです」


オーナーも初めはどこまでやれるのか半信半疑だったが、2週間のテストの結果、チャップリンは見事合格した。

主演を完全に食ってしまうほどの活躍ぶりで、評論家たちはこぞってチャップリンを絶賛。

大型新人の登場は、大きなインパクトを与えた。


チャップリンが秀でていたのは、いつでも「チャンスさえあればやれる」ように準備をしていたことだ。

さまざまな職業で生活資金を稼ぐ一方で、舞台で場数も踏み、経験を積んでいた。

環境や他人のせいにすることなく、ただ自らの才能を信じて前に進み続けたのである。

『君の歳にあの偉人は何を語ったか』星海社新書



急に舞台の主役が倒れ、急遽、主役の代役ができるのは、主役のセリフと演技を覚えていた人だけだ。

「幸運とは、準備がチャンスに出合うこと」(オプラ・ウィンフリー)


チャンスは、夢や希望がない人にはやってこない。

夢や希望がなければ、チャンスがやってきて、もそれに気づかないからだ。

そして、チャンスに気づく人は、失敗を恐れず夢に向って行動する人。


「必要なのはチャンスだけ」

将来の夢に向ってコツコツと準備を整え、必死の努力を重ねたい。
 

 

【期待値を高くしないこと】№1159
平成24年10月29日

五百田達成&堀田秀吾氏の心に響く言葉より…


ここ何年か「熟年離婚」が社会問題になっています。

ところで、結婚にも「恋愛」と「お見合い」とがありますが、どちらが幸せなのでしょうか?


実はそういう統計があって、恋愛結婚は、結婚したときが幸せのピークで、あとは時間の経過とともに下がっていきます。

一方のお見合い結婚は、最初は低いものの、年々幸福度は上がっていき、結婚5年もすると恋愛結婚を逆転することがわかりました。

実際に離婚率を見てみると、恋愛結婚では50%、お見合い結婚ではわずか5~10%という結果が出ています。

その差はどこにあるのでしょうか?


人は、出会った最初は「類似性」に目が行きます。

休日の過ごし方や好きな歌手など、似ていること、共通していることがあると親しみを感じやすいのです。

しかし、関係が深まってくると大事になってくるのは類似性ではなく、「相補性」です。

相補性とは、たとえば「自分は苦手だけど相手は得意なこと」「自分にはないけど相手が持っている特技や特徴」などのことです。

「夫は料理ができるけど掃除は嫌い」「妻は掃除が好きだけ料理はできない」というように、お互いがお互いを補える相補性があると、いい関係を築きやすくなります。


じゃあ、最初から相補性のある人を探せばいいじゃん、と思うのですが、相補性とは「自分と違う」という意味でもあります。

たとえば大学生になってテニスサークルに入る人と文芸サークルに入る人では、外見から趣味嗜好から違う人種(であることが多いはず)です。

「ワオ、君の思慮深さと俺の行動力合わせたら最強タッグになっちゃうじゃん!」なんていう、実はすごい相補性があるかもしれないのですが、第一印象では互いに「オタク!」「な、なんてチャラいんだ!」と相容れないことが多いので、「あなたとの相補性に惹かれました」とはなかなかならないのです。


離婚問題を研究している人いわく、「結婚生活をうまくいかせるには、パートナーとは違う部分があってあたりまえと思うことが必要」だそうです。

ウインチという心理学者が25組の夫婦を対象に面接調査をしました。

うまくいっている夫婦には「一方が支配的で、もう一方が服従的(カカア天下や亭主関白の夫婦)、一方が相手につくすのが好き、もう一方が甘えんぼう」のように「相補性」があったそうです。


お見合い結婚は、いい意味で「とりあえず暮らしてみよう」とあきらめがついた状態で生活がスタートします。

そのため、お互いの違いを相補性として意識しやすいのです。

一方、恋愛結婚では、「この人は最高のパートナー」という最初の期待値が高くなりがちです。

だからこそ、だんだん生まれてくるささいな違いが許されなくなってしまいます。

『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』クロスメディア・パブリッシング



結婚の問題は、うまくいっている社長と副社長の関係とも似ている。

例えば、ホンダ社長の本田宗一郎氏が製造や開発一筋で、方や副社長の藤沢武夫氏が財務と販売というような、異なった才能の組み合わせ。

本田宗一郎氏はこう語った。

『藤沢武夫という盟友をえたおかげで経営を任せる事ができ、自分は技術や開発に専念できた。今日のホンダがあるのは藤沢武夫のおかげである』


あらゆる選択は、自分の好みで選べば、類似性という自分と似たものを選ぶことになる。

嫌いなもの、苦手なもの、真逆のものという、自分とは異質なものは選ばないからだ。

会社や組織においては、異質な才能が組み合わさっているからこそ、全体として強くなる。


相手への期待値を高くすれば、欠点ばかりが目につくようになる。

反対に、期待値を下げれば、人の良いところが見えてくる。

そして、相手との違いも気にならない。


期待値を下げ、もっと楽に生きてみたい。

 

 

【サーカスの虎】№1157

平成24年10月26日

七澤友一郎氏の心に響く言葉より…


百匹働きアリがいると、必ずその中の20匹は働かないで怠けているということをご存知でしょうか。

皆が働いているときに働かずにノラクラしている怠け者のアリ。


「それじゃ、しょうがないからあっちに行っててもらおう」

と、その20匹をどけると80匹になります。

すると、またそのうちの2割は働かなくなってしまいます。

これは何匹にしても同じことで、必ずそのうちの2割は働かない。

そういう面白い習性がアリにはあるそうです。


これは、アリだけでなく、たとえばサーカスの虎でも似たようなことがあるそうです。

これはムツゴロウこと畑正憲さんが体験した話で、大体次のようなものです。


あるサーカスに10匹の虎がいました。

8匹はシベリア産の虎で、2匹はインド産です。

シベリア産の虎は非常に俊敏で頭がよく、芸をすぐにマスターします。

ところが、インド産の虎は怠け者で頭も悪く、ちっとも芸を覚えません。


「どうしてこんな物覚えの悪い虎を置いておくんですか?

全部シベリア産にすればいいじゃないですか」

とムツゴロウさんが質問しました。


するとサーカスの人は、

「いや、これでいいんです

全部をシベリア産にしてしまうと、みんな神経過敏だから苛立ってすぐにケンカを始めてしまいます。

インド産のノラクラが2匹いるお陰で、なごやかな雰囲気になって全体の調和が保たれているんです」

と答えたということです。


これは組織を運営する上で大きなヒントになるのではないでしょうか。

『人生の波に乗る人乗れない人』たちばな出版



「無用の用」という荘子の言葉がある。

一見何の役にも立たないと思われるものが、実は大切な働きをしていること。


例えば、読書にしても自分の仕事に役立つものばかりしか読まないとしたらどうだろう。

およそ、味のないつまらない人間が出来上がるだろう。


商売にしても同じで、ムダの排除は仕事の必須条件だと言われるが、実は必要なムダというのもある。

決して合理的でもなく、効率的でもなく、損得で考えてもムダ、というもの。

つまり、車のハンドルのアソビのようなものだ。

アソビがなければ、ちょっと動かしただけで車はすぐに曲がってしまうので、運転に相当神経を使わなければならない。

ムダの効用だ。


一見ムダに見えるようなことが、実は大切な役割を果たしている。
 

 

【江ノ電の運転手】№1156

平成24年10月25日


中山和義氏の心に響く言葉より…


「江ノ電の運転手になりたいという病気の子どもの夢を叶えてもらえないでしょうか?」

ある日、こんな手紙が江ノ電の会社に届きました。

難病と戦う子どもたちの夢を叶えることを支援している団体「メイク・ア・ウィッシュ」からの手紙でした。

その手紙に書かれていた子どもは「拡張型心筋症」という先天性の難病で入院していた16歳の新田明宏君でした。


「江ノ電を運転したい」と男の子が強く思うようになったのには、理由があります。

幼い頃から病気のために、運動が思いきってできない男の子を癒してくれたのが電車でした。


お母さんが「外で遊べない息子のために」と思って買ってくれた電車のおもちゃが大好きでした。

お父さんもそんな男の子を、休日のたびに電車に乗せてあげていました。

電車の中でも、ゆっくりと街中を走る江ノ電が特にお気に入りでした。

中学生の頃になると男の子の電車への思いは、ますます強くなります。


ところが、男の子が15歳の時、病状が悪化します。

入院した男の子は、大好きな鉄道にも乗れなくなってしまいました。

それどころか、男の子の病状は、もはや治療する方法がない状態でした。


病院の先生はベッドの上でも時刻表を離さない男の子を見て、

「もう、この子を助ける方法はない。

こんなに鉄道が好きで、運転手になりたいと心から思っているこの子の夢を、何とか叶えてあげたい」

と思い、メイク・ア・ウィッシュに連絡しました。


運転の当日、この日は11月にしてはとても暖かい日でした。

救急車で藤沢駅に到着した男の子が、運転手の制服に着替え、付き添われながら運転席に座ると、江ノ電がゆっくりと駅を出発しました。

普段は無人の駅もありましたが、この日はすべての駅に駅員が待機して、運転席にいる男の子に直立不動で敬礼しました。


またスタッフは運転免許を持たない男の子に、運転席に座るだけではなくて、何とか本当に電車を運転してほしいと強く思っていました。

スタッフが用意した免許を必要としない検車区間に電車が進むと、男の子はレバーを握り、自分の力だけで電車を動かしました。

その間、男の子は病気だとは思えないような笑顔で、目を輝かせながら電車を運転していました。


その3日後、夢を叶えた男の子は遠くに旅立ちます。

その後、男の子の話は「小さな運転手 最後の夢」というドラマになってテレビに放映されました。


江ノ電の本社には、男の子が描いた絵が飾られています。

自分が江ノ電を運転しているところを描いたものです。

江ノ電を愛してくれた男の子がいたことを、社員全員が忘れないために掛けられています。

『涙を幸せに変える 24の物語』フォレスト出版



多くの大人は、知らず知らずのうちに、子どもたちの夢をつぶしている。

子どもが、「宇宙飛行士になりたい」「野球の選手になりたい」と夢を語ると、「そんな夢見たいなことばかり言ってないで、さっさと勉強しなさい」と。

「それは無理」、「これはダメ」、と、すぐに否定する。


だから、難病の子どもたちの夢を必死で叶えようとするメイク・ア・ウィッシュのような活動が光る。

そして、大人が真剣になればなるほど、子どもはそれに向き合ってくれる。


制服をそろえ、運転席で実際に運転させ、整列して直立不動で敬礼をする…

子どもの夢を心から応援できる大人でありたい。
 

 

【独りを愉(たの)しむ】№1153

菅原圭氏の心に響く言葉より…



「友達がたくさんいない人間はダメだ」。

日本人はとくにそういう思いこみが強いのではないだろうか。

幼稚園でも小学校でも「友達をたくさんつくって、みんなで仲よく遊びましょう」と教えられる。

それはけっしてまちがいではない。

幼稚園や小学校は、それまで家族や近所などごくかぎられた人間関係のなかだけで過ごしてきた子どもが、幼稚園や学校生活を通して、社会と交わっていくことを学ぶ場でもあるからだ。


しかし、本来、友達は数を集めるものではなく、質を追及するものだ。

本当の友達と呼べるような人はそんなにいない。


作家の渡辺淳一さんは、インタビューで「親友は何人おられますか?」と聞かれると、「いません」と答えるのだそうだ。

若いときは2.3人、親友だと思っていた友もあったそうだが、年齢を重ねるにつれ、仕事が変わったり、住む世界が違ってきて、いつのまにか離れてしまったのだそうだ。

年をとると、ひとりがいちばん気が合うものだからね、ともいっておられる。


渡辺さんは文壇でも知られる華麗な人脈の持ち主であり、外ではたいてい編集者など多くの人に囲まれている。

だが、その渡辺さんにして、こうなのだ。


人は成熟するにつれて、ひとりで過ごす時間をそう寂しいとは思わなくなるものだ。

「未熟でもいい。やっぱり、ランチは仲間とおしゃべりしながら食べたい」というなら、自分が誘う側にまわればいいだけの話ではないか。

こまめに自分から声をかければ、いっしょに時間を過ごしてくれる人はきっと見つかる。

『ものごとに動じない人の習慣術』河出書房新社



真の成熟した大人は、「群れない」人だ。

群れない、とはいつも独(ひと)りでいる孤高の人、というわけではない。


大勢の人と一緒でも良し、時には独りでも良し、というこだわりのない心を持った人。

誰も自分を相手にしてくれないと嘆くのではなく、会いたくなったら自ら声を掛けて誰かと会うこともできる人。

そして、つるんで行動するのではなく、人と違う道を行くことを恐れない自立した人でもある。


成熟した大人は、独りでいることを愉(たの)しむことができる。

例えば、何時間でも、何日でも没頭できる仕事や趣味という、ワクワクするような自分独自の世界を持っている人。


「友達はその数ではなく、質を追及するもの」

時に、独りを愉しめる成熟した大人でありたい。

 

【人生という劇場では、自分で役を選べる】№1150


川北義則氏の心に響く言葉より…


囚人服を着せられて独房で一週間過ごせば、どんな人間も囚人らしくなってくるということが、有名な心理学の実験で確かめられている。

その実験は、学生を集め、囚人役と看守役に分けて、本物と違わない環境と状況を設定して行われた。

日当が支払われることもあって、最初はみんなおもしろがっていたらしいが、実験はわずか6日で打ち切られた。

あまりにも影響力が大きかったからだ。

実験であることがわかっているのに、囚人役の学生は囚人らしく変貌し、看守役も恐ろしいくらい看守らしくなってしまったのだ。


また、日常生活ではどうなのか。

いじめられっぱなしの人間が、いつまでたってもそのままなのは、その役にはまってしまったからではないのか。

たぶん、いじめる側にもそれは言えるだろう。


同じことは人間関係のすべてに当てはまるに違いない。

よいことにも悪いことにも…。

シェークスピアが言っているように、「人生は演劇であり、人はみんな役者」なのだ。



しかし、自分が望まない役はあんまり演じないようにしたほうがいい。

フリのつもりでいても、気づかないうちに本物になってしまう危険性大だからだ。


昔、俳優の森繁久彌さんがこんな意味のことを語っていたことがある。

「乞食の役をするために、乞食の格好をしてデパートに入っていったら、みんなからじろじろ見られ、イヤがられた。

そのうち自分は本当に乞食になったような気持ちがしてきた」


もしかすると、知らないうちに囚人役を演じさせられているかもしれないではないか。


そうとわかったら、さっさと役柄を変える努力をしよう。

そうしないと、一生そこから出られなくなる。

『人間関係のしきたり』PHP新書



人は、誰でも、立場によって様々な役割を演じている。

波風を立てないようにと、犠牲者や、我慢する役を演じるときもある。


しかし、犠牲者や我慢する役を演じ続けると、それに慣れてしまう。

こんなにいじめられているのに、「私ってなんて我慢強いんだろう」、「こんなことに絶対負けるもんか」とか、思ってしまう。

犠牲者などという、囚人の役は演じなくていいのにも関わらず…


加害者や迫害者の役も同じだ。

暴力的で、居丈高な迫害者になる人は、その役に酔いやすい。


本当は、望まない役はさっさと止めればいいだけの話なのだ。

「人生という劇場では、自分で役を選べる」

嫌な役はさっさと止め、明るくて前向きな役を選びたい。

 

【緊張してきたら】№1147


松岡修造氏の心に響く言葉より…


緊張するのは、自分自身が本気になっている証拠です。

僕自身、テレビ番組や講演会など人前で話すときは、今でもかなり緊張しています。

手が氷のように冷たくなり、心臓の鼓動が聞こえるときもあります。


でも、緊張している状態は嫌いではありません。

極度に緊張するのは、「この思いをしっかり伝えたい」「この試合は絶対に勝ちたい」、そんな気持ちが強いからです。

なんとなく中途半端だったら、緊張しないはずです。


それだけ自分が本気になっている証ですから、「緊張してきた。どうしよう」と不安を覚えてはいけません。

逆に『緊張してきた。よっしゃあ!!』というぐらい、自分を応援したり、喜んじゃいましょう。


人前で緊張するのは、人間の自然な反応です。

特異な反応ではありません。

これっぽちも恥ずかしくないですよ。


自分の本気を真っ直ぐぶつけるぐらいの気持ちで目の前のことに取り組んでください。

そういうシーンを乗り越えると人は強くなります。

思わず逃げ出したくなるような緊張感がなくなったら、成長するモチベーションもなくなってしまいます。

『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』アスコム



有名なスポーツ選手でも俳優でも、大きな試合や舞台の前では緊張するという。

だから、一般の人が、大勢の人の前でスピーチすることにでもなったら、緊張するのは当たり前だ。


緊張するときは、結婚式などでのスピーチ、発表会や演奏会、入社試験や面接、仕事のプレゼン、初対面の人や有名な人と会うときなどだ。

つまり、自分が、本気になったり、真剣になったりしたとき。

心臓がドキドキしたり、上手く話せなくなったり、頭の中が真っ白になったりする。


しかし、本人が思うほど、まわりは気にしていないものだ。


「緊張してきた。よっしゃあ!!」

赤っ恥かいても、失敗してもいい、という気持ちで、その緊張感を楽しみたい。

 

【理不尽体験】№1143


精神科医の松崎一葉氏の心に響く言葉より…


どんなに努力しても叶わないこと、自分でコントロールできないことに直面した時、私たちはどう対処したらいいのか?

努力すれば報われる(報酬が得られる)という形態を、「努力―報酬モデル」と呼ぶ。

努力―報酬モデルは、「頑張れば結果に繋がる」という極めて単純明快なシステムだ。


「一生懸命勉強すれば成績が上がる」

「練習すればできるようになる」

「頑張って働けば給料が増える」


人は、この努力―報酬モデルが成立しているうちはストレスをあまり感じない。

大変な努力をしても報酬が得られればストレスは最小限で済む。


ところが、このシンプルな努力―報酬モデルが崩れてしまうと、人は非常にストレスを感じることになる。

この単純明快な努力―報酬モデルが崩壊した時、人は心を病むことが多い。


世の中は、必ず優れたほうが勝つとは限らない。

いい企画が必ずコンペで勝てるわけではない。

何らかの力が働いて、明らかに勝っているほうが落とされる。

それは論理では割り切れない理不尽さだ。


私が子供の頃、まだ日本社会にはコミュニティが存在していて、地域の繋がりはとても密接だった。

そして、ガキ大将の兄貴的な保護の下に、時に厳しく躾(しつ)けられ、成長できた。


そういった地域や集団での関わりの中で、理不尽さをいっぱい経験した。

子供のころ群れて遊ぶと、とにかく人に揉まれる。

そいいった小学生の頃の年代を「ギャングエイジ」と言う。


宇宙飛行士に必要な資質、「同じ釜の飯体験」と「理不尽体験」を、ギャングエイジで得ることになるのだ。

理不尽なことをたくさん経験してきている人というのは、社会に出て、明らかに上手くいかないことがあっても「まあ、そんなもんだわな」と乗り越えることができる資質=『情けの力』を身につけている。

ギャングエイジの体験によって情緒的に理不尽さを享受できる『情けの力』が育つのだ。

『情けの力』幻冬舎



理不尽な体験は、小学校でできなくても、学校の運動部で経験できる。

たった1学年しか違わないのに、上級生に対する絶対服従や、下級生への理不尽な要求。


社会に出ても、運動部出身者が比較的に理不尽なことに耐えられるのは、この経験があるからだと言われる。

しかし、エリートコースをまっしぐらにきた人は、ちょっとした理不尽なことに、大きくストレスを感じることが多い。


長期間、同じメンバーで、宇宙という閉ざされた空間に滞在する、宇宙飛行士には逃げ場がない。

宇宙飛行士に必要な、「同じ釜の飯体験」とは、共同生活で、他者への共感や、「人に揉まれる」という人間関係を学ぶこと。

「理不尽体験」とは、不合理なことや理不尽なことに耐えられる情緒的余裕のことで、これがなければ、想定外のことに対処できなくなる、と松崎氏は言う。


人は、「情」という好き嫌いや、感性の力で動くのであり、論理や理屈で動くのではない。

人に揉まれ、理不尽な体験を通して、「情け」という、他人をいたわる気持や、思いやりの心を身につけたい。







【迷いを吹っ切る】№870


ひろさちや氏の心に響く言葉より…


大学にいた頃、ある学生がわたしのところに相談にきたんです。

学校を辞めて、別の大学を受け直そうか、このままとどまろうか、悩んでいるというわけです。

気持を聞くと、辞める、とどまる、どちらも五分五分だという。

くどいほど念を押しましたが、どちらかに気持が傾いているということはない、と断言するんです。

それなら、とわたしはサイコロをとり出して、偶数なら辞めなさい、奇数ならとどまりなさい、とやったわけです。


そのとたん、

「先生、ふざけないでください!

わたしは悩みに悩んで相談にきているんです。

まじめに聞いてください!」

ときた。


わたしは説明しました。

「あなたが辞めたほうがいいのか、とどまったほうがいいのか、わたしにはわからない。

それがわかる人なんていないんだよ。

いくら迷ったって、悩んだって、答えは出ないんだから、さっさと決めてしまって、辞めるんだったら、ほかの大学を受ける準備を始めればいいし、とどまるんだったら、もう辞めようなんて迷いは吹っ切って、ここで一所懸命やればいいんじゃないの」


どうにも答えが出せない大事な問題こそ、サイコロを振って決めればいいんです。

サイコロで決めるということは、仏や神に決めていただくということなんです。


決めていただいたら、そこが生きる場所なのだから、やるべきことをやればいい。

「俺の人生、仏なんかに決められてたまるか」と言うのなら、好きなだけ悩んだり、迷ったりして、時間を浪費するしかないですね。

『「ずぼら」人生論』三笠書房



人生の大事な決定は、たいていは右か左か、やるかやらないかの二者択一だ。

そして、悩みに悩んだ末の選択は、どちらに転んでもそう大差はない。


神戸の近くの有馬街道に「右も左も有馬道(ありまみち)」という石碑がたっている。

「どちらを行っても最後に合流する」という案内だ。

どちらに決めようと、結局は有馬道のように、同じ道に行き着く。


松下幸之助翁のように、学歴がなかったことが成功につながったと思う人もいれば、いい学校へ行ったが、一生不平不満を言って暮らす人もいる。

学校に行こうが行くまいが、どちらの道でもよい、すみやかに右か左かに決めること。

そして、決めたら、あとは迷わず決めた道を、ただひたすらまっしぐらに進む。


「決めること」はどちらかを斬って捨てること。

悩みを引きずることは、悩みを楽しむことと同じ。


大事なのは、決めたあとの心の持ち方。

悩みや迷いは捨て、目の前の今の、一事に専念したい。






「波乱万丈、大好きです!

いくら波乱がやってきたって、私はそのたびに魂を向上させて、もっともっと幸せになるよ」

そんな豊かな気持を持っている人のところに、本当の幸せがやってくるんだよ。

『斎藤一人 こんな簡単なことで最高の幸せがやってくる』(一人さんのお姉さん著)KKロングセラーズ



斎藤一人さんのお姉さんは、以前は、

「私さえ、我慢すればいいんだから」

「私は、ワキ役の人生だから」

「ささやかでもいい。平凡な幸せがほしい」

そう思って生きてきたそうだ。

だが、「願い」とは逆に、現実は夫のケガや病気での入院(26回も)、父母や夫の介護等、苦労やトラブルが絶えない人生だったという。


小林正観さんは、事故の多い人は、「車にたくさんの安全祈願のお札をつけている人」という。

事故を起こしたくない、という意識が事故を引き寄せるからだ。

「悪いことが起きませんように」と願ったり、ビクビクして心配ばかりする人は、心配したことが現実になる可能性が大きい。


困ったことも、トラブルも、それは自分の魂を磨くための神様からのプレゼント。

波乱万丈の人生を、ビクビクしないで、ニッコリ笑って生きてみたい。


【出会いの質を変えるには】№1136


作家の宮本輝氏の心に響く言葉より…


昔、ある人から「俺は50を過ぎた人間の情熱しか信じない」と言われたことがあるんです。

35歳の時でしたけれど、その時は意味が分からなかった。

まるで35歳の自分が否定されたような気がしてね。


で、いよいよ50歳になる直前ぐらいになって、ようやく、「ああ、そうか」と。

50年ですから、どんなに平々凡々と暮らしてきた人でも、やっぱりいろんな経験をしていますよ。

思い通りにいかないことばっかりだっただろうし、病気もしただろうし、人に裏切られたこともあるだろうし。

そうやって生きてきた人間の持つ「力」というものがあるんですよ。


僕は子供の頃から人よりいろいろな経験をしてきたと思っていました。

父親が事業に失敗して貧乏したり、女性問題を起こしたり、それで母親がアルコール依存症になったり。

最後は愛人のところで倒れて、僕が親父の借金を背負うことになって浪速(なにわ)の金融王みたいな連中から逃げ回ったこともあります。

作家になった後も病気(パニック障碍や結核)になったりと、まあ濃い人生を送ってきたと思っていましたが、やっぱりまだまだ洟垂(はなた)れ小僧だったなと思いましたね。


人よりいろいろな経験はしてきたかもしれませんが、僕自身は深刻になったり、人生を悲観することはなかったんですね。

そしてどこかに「10年先か20先か分からないけれど、必ずこれが自分の宝物に替わる」と思っていたところがありました。


出会いというのは、偶然ではないと思うんですね。

これは動かしようのない一つの法則性があって、どんな人に出会うかは自分次第なんですよ。

そう思いません?


運の悪い人は知り合う人もやっぱり運が悪いんですよ。

やくざの下にはやくざが集まる。

性悪(しょうわる)女は性悪男とくっつく。

これは不思議なものです。

仮に性格のいい人と付き合っても、次第に離れていきます。


それを分かりやすい言い方をすると、「命の器」だと僕は言うんです。

人と人は、その人の最も核となるもの、基底部を成している傾向性が共鳴し合う。

要するにどんな人に出会い、縁を結んでいくかは、その人の「命の器」次第ということです。

そして、その出会いの質を変えるには、自分が変わるしかないんです。

“人生、山河あり”より

『致知 2012年11月号』致知出版社



若いときの情熱は、時として「匹夫の勇」に似ていることがある。

匹夫の勇とは、道理や理屈をわからない人が、血気にはやってがむしゃらに行動したがるような勇気を言う。

大人の情熱は表面には出ないが、深くて、成熟した、静かな継続性がある。


「同気(どうき)相求む」という易経の言葉がある。

気の合うものは自ずと親しくなり自然と寄り集まってくる、という「類は友を呼ぶ」ということだ。


「出会いの質を変えるには、まず自分が変わること」

いい人と出会うため、自分を鍛え、高めたい。

 

 

【夢とそして根拠のない自信だけ】№1135


西田文郎氏の心に響く言葉より…


「最初にあったのは、夢とそして根拠のない自信だけ。

そこからすべてが始まった」


これは孫正義さんが若き日を振り返って語った名言ですが、まさにこれは「その気」の法則を表していると言っても過言ではありません。

この若き日の孫さんは脳が「快」でプラス思考です。

孫さんはこの初心があったからこそ、ソフトバンクが今のような大企業に世長したのだと思います。


では、なぜあなたは「その気」になれないのか。

はっきり言いましょう。

あなたが「その気」になれないのは成功体験が少ないからです。

さらに、「もともと自分はツイていない」「どうせ自分には無理だ」といった失敗体験に基づいたネガティブな思考に支配されているからです。


言い訳、嫉妬、責任転嫁、イヤイヤ行動するなど、それでは「その気」は生まれてきません。

自分でツイていない、と言えば言うほど、ツキは逃げていきますし、自分でマイナスの言葉を言うことは、脳に「自分はツイていない」と思い込ませて、さらにツイてない脳へ強化していることになるわけだからです。


脳はとても優秀で、過去の体験データから「こんなこと無理だ」とか「できるわけない」といった結論もすぐに出してしまいます。

ですから、過去に成功体験が多くある人ほど自信が持てますし、失敗体験が多いとどうしても弱気になります。


しかし、ご安心ください。

実は脳の条件付けを変更するのは案外簡単です。

肯定的な脳を作るためには、プラスのデータを入力すれば脳は錯覚します。

本当にあったことと、イメージなのかを区別することができないのです。


ですから、ウソでもいいので、「自分はツイてる」「この失敗があって本当に助かった、次回に活かせる」「今度はもっと上手くできる」など、口に出して言ってみます。

内心信じられなくてもいいのです。

口から出た言葉が耳を通して脳に入力され、それを繰り返し行うことで脳はだまされ、「次にもっと上手くするにはどうしたらいいのか」など考え始めます。

つまり何度も繰り返しプラスのイメージを入力することで、扁桃核の判断を肯定的に切り替えられるのです。

『その気の法則』ダイヤモンド社



何度失敗しても、「最後は自分は絶対にうまくいく」、というような根拠のない自信を持っている人は、いつか必ず成功する。

「何か大きなものに守られている」、「自分は大丈夫」、という楽観的な確信があるからだ。


成功体験とは、大きな成功ではなく、小さな成功を積み重ねることで生まれる。

その積み重ねが、勝ちぐせを引き寄せる。


「君がどんなに遠い夢を見ても、君自身が可能性を信じる限り、それは手の届くところにある」(ヘルマン・ヘッセ )

夢と根拠のない自信さえあれば、たいていのことは成功するはずだ。 



 

 

  

 

 

 


今年の春、ある上場企業の経営者と私は近所の喫茶店に入った。

彼は、しゃべり始めた。


「撮影現場にいたんです、僕は」

…大学時代、RKB毎日で木村班というのに入れられて、ADのバイトをやっていたんです。

若い頃、勉強が面白くなくて、大学をやめました。

毎日、テレビ局で働きながら、将来はどうしようかと悩んでいたわけです。


番組のロケが始まった日のことです。

「おまえ、高倉さんをホテルまで迎えに行け」と木村さんから命令されました。

えっ、と思いました。

ひとりじゃ嫌だなあ、と。

周りにお付きの人がたくさんいるだろうし、無作法をして怒られたらどうしようと…。


ホテルに行って、1階のエレベーター前で待っていたんです。

そして、ドアが開いたら、あの大スターの高倉健がたったひとりでエレベーターに乗っていたんです。


呆然としていたら、私のそばに来て、

「高倉です。

よろしくお願いします」。


直角です。

90度の角度ですよ。

あわてて、私がごにょごにょ言いながら、なんとなく頭を下げたら、高倉さんは不動の姿勢で下を向いていました。


びっくりしました。

「こういう人が本当の大人だ」と感じました。


マネージャーも付き人もいなかった。

たったひとりで博多にやってきて、ホテルもひとり。

ロケの間もひとりで立っていました。

絶対に腰を下ろさない。

何の文句も言わない。

オレたちバイトには気を配って、飲み物とか食べ物をくれる…。


衝撃でしたねえ。

世の中には立派な大人がいるんだと思った。

だって、はたちかそこらの何もわからないガキに対して、最敬礼して、ちゃんと尊重してくれる。

そんな人いないです。


バイト仲間とはあの頃、「大人になったら高倉健みたいになりたい」と話しました。

いつの日か、立派な大人になるんだ、と。


…でも、すぐにはなれなかったなあ。

虚勢を張ってました。

自分に自信がなかったから、人に頭を下げることができなかった。


でも、ある日、ふと高倉さんの最敬礼を思い出して、「一からやり直そう」と決めたんです。

それから彼は変わった。

友人の父親がやっていた会社に入った。

年下の部下にこき使われながらも、一切、文句を言わなかった。

人に会ったときには最敬礼することにした。


年下のアルバイトやパートの従業員を大切にした。

態度のデカイ取引先にカッときたことはあったけれど、高倉健の我慢を思い出して、じっと耐えた。


そのうちに働きが認められ、社長から「関係会社の経営を立て直してくれ」と命令される。

私が会ったのはちょうどその頃だった。


初対面で彼は最敬礼した。

最敬礼し、なかなか頭を上げないから、「丁寧な人だな」と感じた。

そして、10年経って、彼は会社を公開させることができた。


「高倉さんにお目にかかることは一生ないでしょう。

でもあのお辞儀を見ていなかったら、自分はこうはならなかった。

高倉さんのおかげだと思う。

だから、作品はどんなものでも全部見ます」

『高倉健インタヴィーズ』プレジデント社

 

高倉健は、1931年生まれの81歳。

80歳を超えてもジョギングをし、声を出す訓練をやっているという。


彼は私生活についてはほとんど語らない。

「映画以外のところでどんなに熱演してみせても何の意味もない」と思っているからだ。


映画で共演した、歌手の宇崎竜童氏は高倉健のことをこう語る。


「ささいなことですけど、高倉さんはしっかりと挨拶されますね。

打ち合わせで事務所に見えたとき、部屋に入るときは『おはようございます』。

うちのペーペーの新入社員がコーヒーを出したときにも、『ありがとう』。

食事をするときも『いただきます』…。

そのときの立ち居振る舞いはすごく美しく見えます」

(同書より)


高倉健は、撮影の間中、一度も座らないと言う。

自らを厳しく律しているからだ。

大スターでありながら、決して偉ぶらないし、驕(おご)らない。


真の大人は、多くの人に大きな影響を与えることのできる人だ。
 

 


東北のあるところに、どうにもこうにも手がつけられない不良少年がいました。

高校を中退して以来、定職に就くこともなく、恐喝やケンカばかりしていたのです。

心配になった母親が占い師にみてもらったところ、「息子さんは、いずれ極道の道を行くことになるだろう」と言われ、大変なショックを受けました。


しかし、母親は気を取り直し、「占い師にみてもらったら、おまえは将来、仕事で大成功をおさめるらしいよ」と、息子にわざとウソの告白をしました。

すると、息子は大いに発奮し、「東京で一旗あげてみせる」と母親に宣言し、上京することを決心しました。

それから30年経った今、息子は極道の道を歩むどころか、年商40億円を誇る造園会社の社長として大成功をおさめるにいたりました。


この話を通して言いたいのは、占いが当てにならないこともさることながら、良いことを信じつづけると、人生の流れが確実に良い方向に変わるようになるということです。

良いことを信じつづけると、心の中にプラスのエネルギーが生まれるようになります。

それが充満すると、成功や飛躍・発展につながるラッキーな現象が引き寄せられるようになるのです。

『運気をつかんで離さない人の習慣』徳間ポケット

 

斉藤一人さんは、「風水や、方位などを気にする人がいるが、今あなたのいるところがよい場所であり、よい方角。そんなことを気にするより、今いる場所に感謝するほうが大事」と言っている。

占いや方位、名前の画数、あるいは、仏滅や大安などにこだわりすぎると、生き方が窮屈になる。

それより、それらを逆手にとり、自分に都合のいいように解釈した方が、成功する確率が格段に高くなる。


言葉は、「言霊(ことだま)」。

 

 

 

善き言葉を大事にすれば、善き事がやってくる。

 

高野登氏の心に響く言葉より…


マザー・テレサの、この言葉はご存知ですね。

「愛の反対は憎しみではない。それは無関心である」


誰だって自分の存在を無視されるのは辛いもの。

嫌われても憎まれても、自分の存在が認められている分、まだましなのです。


では、相手に「私はあなたに関心を持っていますよ」ということを伝えるにはどうしたらいいのでしょう。

答えは簡単です。

相手に言葉で伝えること。

優しい言葉で伝えてあげることです。


ある100歳のおばあちゃんの言葉です。

「お金もいらない。

着物もいらない。

命だってもういらない。

でもお願い。

優しい言葉をかけてほしい」


100年生きてきて、最後に彼女が欲しかったものは優しい言葉だったのです。

それなら100年も待たないで、今日から周りの人に優しい言葉をかけてみませんか。


「あなたに会いたくて来たよ」「あなたと過ごせて、とても嬉しい」「あなたといると、とても楽しい」「あなたで、本当によかった」「すべてあなたのおかげです」「本当にいいお仕事、していますね」「うわあ、すごい、よくできたね」「どうすれば、あなたのようになれるかな」「嬉しい。でも頑張りすぎないでよね」「すごく美味しい。おかわり!」


どれも何気ない一言ばかりです。

それで相手の気持が癒されるのなら、どんどん口にしたいですね。


そしてもっといいことに、それを言っている自分自身が、実はどんどん輝いてくるのです。

優しさという心の筋肉が、強く大きくなっていくからなのでしょうか。

『「また、あなたと仕事したい!」と言われる人の習慣』(高野登・志賀内康弘)青春出版社

 

「愛語よく回天の力あり」(道元禅師)

道元禅師は、優しい言葉は世界をも変える力を持っている、と語っている。


愛語とは、一人一人を大切に思い、優しい言葉、思いやりのある言葉をかけること。

人が死んでもずっと残るもの…

それが、その人が、人々に与えた喜びや悲しみ。


だからこそ…

どんな人にも、やさしい言葉をかける人でありたい。
 

 

 


 

 


 

 

 

 

 



 

 


 

 


 

 



 

 

平成26年1月17日
 

彼が20代で手がけた事業は、鉄工所経営、石油採掘、雑誌発行、船会社の買収、真珠の養殖と、おどろくほど多彩だが、そのすべてに失敗しているのだ。

「そのときはもう自分は世の中に生きている値打ちのない人間だとまで思った」

堤康二郎は当時をふりかえってこう述べている。


本田宗一郎氏も「現在の私が成功というなら、その土台を築いたのは失敗である。私のしてきた仕事は失敗の連続であった」といっている。

世の中の成功者で失敗に言及しなかった人はまずいない。

山ほどの失敗をしたからこそ、大きな成功にたどりついたのだ。


失敗の本質は何か。

それは成功に至る第一歩である。

失敗を一つ一つ積み重ねていくことが成功へ近づく唯一の方法であり、失敗は「しないほうがいい」どころか、むしろ「したほうがいい」のである。


成功に遠い人とは、失敗を恐れる人でもある。

「失敗をしまい」と考えたときから人は消極的になり、失敗を恐怖し、そして失敗を手に入れてしまう。

あるいは「失敗したくない」ために何もしない。


失敗はプロセスでおこることであり、最終結論ではないということだ。

イギリスの劇作家サウザーンは「失敗は落胆の原因ではなく、新鮮な刺激である」といったが、こうした気概をもって事に臨むことが何より大切なことといえる。

ともあれ失敗しない者はついに何事もなしえない。

『逆転の人生法則』PHP

 

堤康二郎は、後年、成功の秘訣をこう語っている。

「人のやらぬこと、やれぬことのみをやった。それで成功したのである」

人のやらないこと、やれないと思っていることをやれば、失敗する確率は非常に高くなる。


「決して倒れないのが良いのではない。

倒れたらすぐ起き上がるのが貴いのである。」(オリバー・ゴールドスミス)


失敗を恐れない人は、逆境や修羅場に強い。

失敗しても失敗しても、起き上がる不屈の人でありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…

引退しようとしているある高齢の大工の話を紹介しよう。

この話が私は好きだ。

とても大切なことを語っているからだ。

 

その大工は、もうそろそろ家を建てる仕事をやめて、妻と一緒にのんびり暮らそうと思った。

雇い主は、個人的な願いとして「もう一軒だけ建ててくれないか」と頼んだ。

大工は承知したが、真剣に仕事をする気はなかった。

粗悪な材料を使い、手を抜いた。

キャリアを積んだ優秀な職人の幕引きにしては、残念な仕事だった。


家は完成した。

点検にやって来た雇い主は、玄関のカギを大工に渡していった。


「この家はあなたの家です。

私からのプレゼントです」


大工は、大ショックを受けた。

ひどく恥ずかしかった。

自分の家を建てているとわかっていたら…たぶんもっと頑張っただろう。

 

私たちもこの大工と同じだ。

毎日毎日、人生という家を建てている。

だが、建てていることに全力を尽くしていないことが多い。


そしてずっと後になって、自分がつくりあげた人生(建てた家)に一生住みつづけなくてはならないことを知ってショックを受ける。

もう一度、やり直すことができたら、まったくちがうことをするだろう。

だが、その時はもう、後戻りはできないのだ。


あなたに後悔してほしくない。

あなたも私も、大工のことを笑えない。

私たちは人生という一生住みつづける家をつくっているが、果たして最善を尽くしているか…


「ベストを尽くせ」という言葉は耳にタコができるほど聞かされた言葉かもしれない。

それから「あと、ひと頑張りだ」という言葉も。


でも、もう一度いおう。

いま、取り組んでいることに全力を尽くすと、思いがけないところから幸運がもたらされることが多い。

もうダメだとか、おしまいだとか思っても、もうひと頑張りすることが何より大切である。

それをどうか忘れないでほしい。


あと、ひと頑張りだ!

もう一歩だ!